日めくりプロ野球 2012年4月

【4月19日】1960年(昭35) 卒倒から17日 秋山登 いきなり完投勝利で大洋浮上

[ 2012年4月19日 06:00 ]

 【大洋4―3国鉄】万年Bクラス同士、火曜日のナイターの観客席は空席だらけ。が、そんな試合が6年連続最下位の大洋にとって大きなターニングポイントになると、感じ取っていたファンはどれだけいただろうか。

 川崎球場の大洋―国鉄4回戦、ホエールズの先発マウンドに上がったのは、エースの秋山登投手。開幕から16試合目でシーズン初登板だった。開幕の4月2日、中日球場での試合前、先発投手だった秋山は中日・牧野茂コーチのノックバットが手から滑って飛び、頭を直撃。卒倒して病院に運ばれてから17日が過ぎていた。

 「ピッチングを始めて6日。カーブは昨日投げたばっかりだよ」。独特のゆったりとした口調で野手にそう話したエース。1週間前に退院したのも半ば強引。まだ精密検査の結果が出ていない時だった。秋山も早く戦列に復帰したかったが、何よりも待ち望んでいたのは、西鉄の名将からセ・リーグのお荷物チームの指揮官となった三原脩監督。エース不在のチームは驚くほど脆弱で、立て直しが効くうちに精神的支柱が必要だった。。

 大洋の開幕からの勝敗は5勝10敗。秋山が卒倒した日から6連敗したのが響き、借金は1つしか減っていなかった。新人選手の抜てきや信頼できる投手陣をフル回転させることで戦える算段はつきつつあったが、大黒柱が戻ってこないことには話しにならない。「復調を待っていては遅い。練習不足、調整不足は豊富な経験で補ってもらう」と三原は秋山を先発に立てた。

 案の定、球はいつもの球威がなく、制球もバラつきがあった。それでもカーブやシンカーを巧みに配して交わす投球で国鉄打線を7回まで3安打1失点。三原監督は正直「5回までもてば」と思っていたが、回を追うごとにアンダーハンドの右腕は、エンジンが暖まるかのように調子を上げた。

 問題はスタミナ。8回に3安打を集中して1点を失った。「もう足が言うことをきかない。握力もなくなってきた」と秋山。現在なら間違いなくリリーフだが、三原監督はこの試合は秋山にくれてやる、という感覚にいつしかなっていた。「エースが最後まで投げきる姿をナインに見せるべきだ。復帰してろくに練習もしていないエースの必死さを見せることで選手は何かを感じてくれるはずだ」。

 9回、2死から赤木健一中堅手に本塁打を浴び、1点差になっても、三原監督はピクリとも動かない。背番号17は同点にはさせず、大洋は逃げ切り勝ちを収めた。

 以後大洋は6連勝で貯金1となり、4位に浮上。開幕から下位に沈むか、頑張ってもこどもの日までといわれた大洋が上位争いに加わり、混沌としたペナントレースは終盤まで続き、かの有名な“三原マジック”で大洋は初優勝を遂げた。

 

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