日めくりプロ野球 2012年4月

【4月8日】1997年(平9) 恵みの雨で本拠地開幕 大阪ドーム1号は鈴木貴久

[ 2012年4月8日 06:00 ]

大阪ドーム1号本塁打を放った瞬間の近鉄・鈴木貴久
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 【近鉄4―2ロッテ】プロ12年目のベテランも開幕戦と新本拠地での初戦が重なった記念すべき試合に緊張していた。それでも過去開幕戦で2本の本塁打を打ったことがある男。3打席目となると、いつものようにバットを振ることができた。

 97年から近鉄のフランチャイズとなった大阪ドーム(現京セラドーム大阪)で行われた近鉄―ロッテ1回戦は、バファローズにとって開幕戦。本来なら、オリックスとグリーンスタジアム神戸で開幕2連戦を戦っていたところだが、これが続けて雨天中止に。図らずも巡ってきたオープニングゲームで、チームの新たな歴史に名前を残したいと、どの選手も心に秘めていた。

 その1つがドーム初本塁打。打ったのは近鉄の3番打者鈴木貴久左翼手だった。5回、ロッテ2番手の榎康弘投手から左中間に飛び込む1号本塁打を放った。

 「実は1打席目にガチガチになってバットが振れなかった」という鈴木。三振、中飛で迎えた3打席目は迷いなくストレートを思い切りたたいた。鈴木が入団した当時、2軍打撃コーチだった佐々木恭介監督は得意の「よっしゃー!」の雄たけびを上げて、鈴木を迎えた。

 「メモリアルアーチを打てるなんて大変光栄。賞金50万円出るの?それならみんなで焼き肉でも食べに行きます」。チームメート思いのムードメーカーは、近鉄が白星をマークした記念ということもあって、迷わず手柄の大金を供出することを公言した。

 北海道・旭川大高時代は2年生で4番を打ち、甲子園に出場。中心打者としてで北海道勢初の夏2勝をもたらし、3回戦まで進出。“北海道の荒熊”の異名を持つパワフルなスラッガーは、スカウトの間でも評判だったが、まだ粗さが目立った。卒業後、ノンプロの電電北海道へ。ここでさらに打撃を磨き、本塁打を量産。同チーム出身のヤクルト・若松勉外野手の記録を抜いたことでプロを意識した。

 ドラフト5位で近鉄入団後は、佐々木コーチと寝食を忘れバットを振り続けた。スイングスピードには定評があり、ルーキーイヤーに1軍へ。今度は先輩若松を指導した、中西太ヘッドコーチがその素質に惚れこみ、熱血指導を受けた。

 2年目から4年連続20本塁打以上を記録。打率は2割8分6厘が最高だったが、勝負強さは誰もが認めるところで、いつでもフルスイング。通算192本塁打を放ち、近鉄のいてまえ打線の雰囲気ピッタリだった鈴木は「他球団だったら若いうちに潰れていたと思う。いい球団に入った」と常々話していた。

 近鉄のダイナミックな良さを継承すべく、2000年に引退してからは2軍コーチに。「中村紀洋のような打者を育てたい」と佐々木や中西以上の熱い指導でファームの選手を鍛え上げたが、04年5月17日に急性気管支肺炎のため急死。40歳の若さでのあまりにも早い旅立ちだった。奇しくも鈴木が愛した近鉄はこの年で球団の歴史に幕を下ろした。

 

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