日めくりプロ野球 2011年10月

【10月28日】1982年(昭57) 中日、日本一になりそこなった二ゴロ

[ 2011年10月28日 06:00 ]

村田康一塁審(右)に打球が当たった瞬間。左は田淵幸一一塁手。球はその後山崎裕之二塁手(中)の方へ転がり、山崎が三塁に送球し走者は刺された

 【西武3-1中日】1メートル76、83キロの“大きな石”に中日がぶつかり、そしてつまずき、日本一を逃した。

 西武球場での日本シリーズ第5戦、中日は3回、二死二塁から2番・平野謙中堅手が西武・杉本正投手の直球をとらえた打球は、田淵幸一一塁手の左側を抜けた。「二塁打、いや平野の足なら三つ(三塁打)はいける」と思ったベンチの中日・近藤貞雄監督の表情はパッと明るくなった。

 待望の先取点だ。地元名古屋で連敗スタートも敵地で連勝して互角になった中日は、勢いに乗っている間に先制点がほしかった。近藤監督だけでなく、三塁側に陣取るドラゴンズナインは「よーし!」と大声を上げ総立ちになった。

 が、総立ちになった中日ナインはそのままぼう然と立ちつくすことになった。平野が一塁線を破った打球はアンツーカーと人工芝の切れ目に触れ、イレギュラー。村田康一一塁塁審の右ひざを直撃した。抜けたはずの当たりが、コロコロと山崎裕之二塁手の方向へ転がった。捕球した山崎に二塁走者の田尾安志右翼手の動きを見ていた田淵が間髪入れず指示した。「サード!」。

 田尾は自分の背中の方で起きた“珍プレー”に気がつくはずもない。平野の打球を瞬時に見て「いける」と判断、三塁ベースを既に回っていたが、高木守道ベースコーチの予想もしなかった大声に耳を疑った。「ストップ!」。

 「えっ、抜けたんじゃないの?」。田尾の頭の中は混乱した。とにかく“急ブレーキ”をかけたが、体は既に三本間の半ば付近まで来ていた。山崎からスティーブ三塁手へ転送されたボールは、“オーバーラン”した田尾を刺すのに十分だった。

 1点先取、なおも二死三塁、打順はクリンアップへという中日にとって最高の展開のはずが、無得点でチェンジに--。ベースに座り込む田尾、腕組みをしたまま、右ひざをさすっている村田塁審をにらみつける平野。ベンチ前まで出てきた、近藤監督は帽子を取ったままあ然とし、しばらく言葉を発することもできなかった。西武の攻撃が始まってようやく戻ったが「何十年と野球をやってきたがあり得ない。避けきれない強烈なライナーでもあるまいし、考えられない。2連勝の流れで先手を取れば勝てる試合だったのに」とその落胆ぶりははたから見てても気の毒なほどだった。

 元は近鉄の捕手、審判に転じて16年ベテラン、村田塁審の言い分はこうだ。「中日が怒ったって困る。当たろうとして当たったわけではないし、一塁ベースを通過してフェアを確認しようとしたら、イレギュラーしたので避けきれなかった」。ルール上、審判は“石コロ”扱いで打球が当たっても進塁権が与えられるわけでもない。

 西武ベンチは笑いが止まらない。日本シリーズは前身の西鉄以来19年ぶり。事実上初出場のチームは本拠地での連敗に正直なところ、浮き足立っていた。「うまく蹴飛ばしてくれたね」。クールな表情の広岡達朗監督が珍しく試合中にほおを緩めた。

 このワンプレーはシリーズそのものの流れを変えたと言っても過言ではない。中日は5回、大島康徳左翼手の1号本塁打で先取点を入れたが、イケイケムードで入った1点と単発の本塁打ではムードが違った。その裏、スティーブが左中間に同点二塁打。「あのムラタのキックで僕のところにボールが転送されてタオをアウトにできた。気分が良くなったよ」と、陽気な助っ人の気分は上々。7回に決勝点となるこの日2本目の二塁打を放ち、西武は6回からロングリリーフしたエース東尾修投手が1安打投球をみせ、シリーズVに王手をかけた。

 名古屋での第6戦に勝った西武は所沢移転4年目で初優勝。以後、黄金時代を築いた。一方、1954年(昭29)以来、28年ぶりの日本一を目指した中日はチャンピオンフラッグを手にし損ね、2007年までさらに25年、計53年も頂点に達することができなかった。大きな石コロは、プロ野球史を塗り替えてしまったようだ。

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