日めくりプロ野球 2011年10月

【10月25日】2004年(平16) 西武12年ぶり12度目の日本一 伊東監督が手本にしたもの

[ 2011年10月25日 06:00 ]

中日を破り日本一となった西武・伊東監督はナインに胴上げされ喜びを爆発させた

 【西武7―2中日】力のない飛球が一塁手の頭上に上がった瞬間、三塁側に陣取った西武ナインはもうベンチから飛び出していた。アレックス・カブレラ一塁手が捕球すると、歓喜の輪が出来上がるのに時間はかからなかった。

 その輪の中で、就任1年目の指揮官は5度宙に舞った。笑顔で身を任せたが、実感はなかなかわいてこなかった。「何かウソみたいっていうか、信じられないです。第7戦は悔いの残らない試合をしたかった。1試合ごとに力をつけた選手たちに感謝したい。勝ったぞーっ!」。

 西武・伊東勤監督は、声を上ずらせながら、公式戦133試合と、プレーオフでダイエーを倒し、2位からのシリーズ出場、そして逆転日本一までの148試合をひと言で振り返った。80年代から90年代前半にかけ、シリーズに出れば必ずと言っていいほど、チャンピオンフラッグを手にしてきた西武だが、日本一はなんと93年にヤクルトを倒して以来12年ぶりのこと。前身の西鉄ライオンズと合わせて12度目のことだった。

 春のキャンプインから、指揮官は1冊の本を持ち歩いていた。86年(昭61)、日本一を勝ち取った西武・森祇晶監督の著書「監督の条件 決断の法則」だった。本が発売された当時伊東はプロ入り5年目、ライオンズのホームベースを任され、同じ捕手出身の森監督から厳しい注文をされつつ、球界を代表する捕手へと成長する過程を歩んでいた。

 「キャンプ中に読み終えた時は、まだ実戦をやっていないからピンとこなかった。でもオープン戦、公式戦をやるうちに、いろいろな場面に遭遇して“そういえば、あそこにこんなことが書いてあったな”とピンとくるようになった。そういうことを言っていたのかと」。

 選手として13度も日本シリーズを経験した名捕手も、実際に自分が指揮を取ってゲーム左右する立場は初めて。何度もぶち当たる、想定外の事態や瞬時の判断が求められる場面で、9年の在任中8度のリーグ優勝、6度の日本一を勝ち取った森監督の言葉には事あるごとに助けられた。

 伊東監督が西武を率いた4年間で優勝はこの1度きりだったが、08年に就任した渡辺久信監督も1年目で日本一となった。ソフトバンクの秋山幸二監督を含め、森監督の門下生たちが21世紀のプロ野球界をリードしている。
 

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