日めくりプロ野球 2011年10月

【10月18日】1998年(平10) 勝負は2球目で決まった 石井琢朗の三塁バントヒット

[ 2011年10月18日 06:00 ]

日本シリーズ第1戦の初回にセーフティーバントを決めた横浜・石井

 【横浜9―4西武】いく分、湿り気が残った人工芝の上を打球が転がっていった。

 懸命にダッシュする三塁手。転がした左打者は必死の形相で一塁へ。一塁塁審の両腕が左右に大きく開いた。「セーフ!」。1回裏、先頭打者の2球目。この三塁前のバントヒットが98年の日本シリーズの大きな流れを作ったと言っても過言ではなかった。

 横浜スタジアムの横浜―西武第1戦、横浜の1番石井琢朗遊撃手が第1打席でみせた、三塁前のセーフティーバント。いきなり意表を突かれた西武は完全に浮き足立った。

 西武の先発はエース西口文也投手。出塁したセ・リーグ盗塁王の石井の足を警戒して、何度もけん制球を投げた。2番波留敏夫中堅手の3球目、それでも石井は二塁を陥れた。けん制をしつこくすることで、足を封じ込めようとしたことが、逆に西口のけん制のタイミングを石井が計る機会を与えてしまい、クセを見破り、盗塁を成功させたのだった。

 そして3番鈴木尚典左翼手。セ・リーグの2年連続首位打者は、いとも簡単に右前打を放った。石井が二塁から生還し、横浜が鮮やかな速攻で先制点を奪った。38年ぶりの日本シリーズを迎えた横浜に対し、前年もシリーズを経験している西武優位との声もあったが、この1点で様相は一変した。

 「3日前から考えていた」。石井は第1戦の第1打席について練りに練ってこの瞬間を迎えた。ただ、相手を驚かせよう、というだけで狙ったわけではなかった。思いつきのように見えたセーフティーバントには3つの理由があった。

 1つは前日の雨。当時の横浜スタジアムの人工芝は、雨がやんでもしばらくは濡れた状態が続いていた。「そうするとゴロが転がった場合、あまりバウンドしないでいい具合にコロコロ転がる。バントをすると内野安打になりやすい」と石井。遊撃手になる前はサードだったことで、その特性が頭にあった。

 西口の投げた後の体勢もバントを決意させた要因だった。「ビデオでピッチングを見ていたら、投げ終わると一塁側に体が流れることが多かった。逆方向にバントをして、投手に処理させれば、かなりの確率でセーフになるんじゃないかと思った」。

 そして決め手は「いきなり、用意ドンでこれをやられたら、僕はかなりイヤだな、という気持ち」だった。元は内野手だった波留とも話をして、相手に与えるプレッシャーはかなりのものと判断して、石井は迷わずバットを縦から横にしたのだった。

 初戦の硬さがほぐれた横浜は自慢のマシンガン打線が十分機能し、西武の繰り出した6人の投手から14安打を放ち9得点。風邪をひき、本調子でなかった大魔神・佐々木主浩投手を楽に投げさせることができた。

 主導権をつかんだ切り込み隊長のバントヒットで横浜は日本一の栄冠をつかむ一歩を踏み出した。
 

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