日めくりプロ野球 2011年10月

【10月17日】1965年(昭40) ルーキー池永正明 トイレに行っている間に快記録

[ 2011年10月17日 06:00 ]

5年間で99勝をマークした西鉄・池永

 【西鉄3―2阪急】それはトイレに行っている間に達成された。

 小倉球場での65年の最終戦、西鉄―阪急28回戦は9回裏、西鉄のトニー・ロイ遊撃手は阪急・秋本祐作投手から左翼へ22号となるサヨナラ本塁打を放った。これで西鉄は3位が確定した。

 Aクラス確保もチームにとっては嬉しいことだが、将来のライオンズのことを考えれば、このサヨナラ本塁打で新人の池永正明投手が47試合目の登板で20勝に到達したことの方が朗報だった。

 ロイが決勝打を打った瞬間、19歳の青年はトイレで用を足していた。ベンチから声が上がって急いで戻ると、頼れる助っ人は生還した後でチームメイトに手荒い祝福を受けている最中だった。

 「僕の20勝よりチームが3位に入ったことの方がよかった」と優等生の答えを口にした池永だったが、中西太監督は満面の笑み。「これで稲尾君の後継者ができた」と20勝で新人王をほぼ手中に収めたことを大いに喜んだ。

 山口・下関商高では春の選抜高校野球優勝。激しい争奪戦の上、契約金5000万円で入団したといわれた大物ルーキーは期待にたがわぬ活躍を見せた。プロ3試合目の登板となった、4月25日の阪急3回戦(小倉)で6回を投げ、3安打6奪三振1失点で初勝利をマーク。以後も勝ち星を積み重ねていった。

 大先輩、稲尾和久投手のごとく、軸足の右のかかとを跳ね上げるようにして投げるフォームから繰り出すストレートは打者のインコースを鋭くえぐった。新人らしからぬものおじしないマウンドさばきは、この年三冠王に輝いた南海・野村克也捕手をして「ベテラン投手の風格。打者を最初からのんでいる」と言わしめたほどだった。

 高卒新人投手の20勝は56年(昭31)稲尾以来9年ぶり。第1回のドラフト会議が1カ月後に行われたが、以後高校卒の新人投手で20勝を記録した投手は皆無。新人投手として80年に22勝を記録した日本ハム・木田勇投手は社会人・日本鋼管出身、99年に20勝巨人・上原浩治投手も大阪体育大出身で、横浜高出身のあの松坂大輔投手(西武)でも16勝止まりだった。

 67年に23勝をマークし最多勝のタイトルを獲得。入団5年目までに通算99勝。70年の初勝利で100勝に達した。このペースで行けば、金田正一投手の400勝も夢ではないとみられたていたが、球界を揺るがした「黒い霧事件」で球界を去ることになり、通算103勝(65敗)止まり。05年に復権したが、重すぎた処分がなければ、と思うと残念でならない。

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