日めくりプロ野球 2011年10月

【10月15日】1972年(昭47) 残り1試合 長池徳士 奇跡の逆転本塁打王

[ 2011年10月15日 06:00 ]

 【阪急3―2ロッテ】2年続けて同じ悔しさは、もうゴメンだ。数えるほどしか観客がいない、日曜日午後の西宮球場での消化試合で、1人だけ燃えている男がいた。

 阪急の4番打者、長池徳士右翼手はこの日の公式戦最終ゲームを前に39本塁打。トップの東映・大杉勝男一塁手とはわずか1本差の2位だった。前年の71年も大杉41本、長池40本で1本及ばず、長池はホームランキングのタイトルを取り損なっていた。2年続けまた大杉に負けるのか…。リーグ優勝チームの中軸打者としての誇りにかけても、長池は単独本塁打王が獲りたかった。

 第1打席は2回。先頭打者として打席に入った。マウンド上のロッテ先発右腕、八木沢荘六投手は逃げていたわけではないものの、コントロールが定まらず、ボールが3つ続いた。焦りが出る、はずの長池だがじっと耐えた。4球目は外角へストライク。手を出さずに見送った。「いつも通り。甘い球だけ」。何度もそう言い聞かせた。

 フルカウント。ここまで1回もバットを振っていなかった長池。6球の内角へのカーブに反応した。インコースをうまくさばいた打球は、左翼ポール際に飛んだ。飛距離は十分もあとはラインの外か内かが問題。「切れるな!」。祈りながら走る背番号3の思いが乗り移ったかのように、左翼線審が右腕をグルグル回っていた。これで40号本塁打。大杉と並んだ。

 仲良くタイトルを分け合うのではなく、単独キングをあくまで目指す。それが長池のバットマンとしての当然の行為であり、大杉にも失礼にあたらない礼儀だった。

 4回の2打席目。八木沢の4球目はタイミングをはずしにかかったチェンジアップが真ん中に甘く入った。打った瞬間それとわかる打球は左中間スタンドに着弾した。史上初の最終戦での逆転本塁打王。阪急ベンチはお祭り騒ぎだったが、当の長池は大はしゃぎすることなく、静かに口を開いた。

 「大杉の無念さ、俺には痛いほど分かる」。1年前の立場は逆だった。だからこそ、球界初の奇跡の本塁打王でも、長池は勝ち誇ったような顔ができなかった。69年以来2度目のホームララン王は優しいさにあふれていた。

 29試合、107打席も大杉より少ない中でのタイトルだった。オープン戦からけがに泣かされ続けた長池はシーズン中も度戦線から離脱していた。オールスター戦までに大杉との本塁打数の差は15本。大杉の3年連続タイトルは決定的だった。9月に月間15本塁打の当時としては日本記録に並ぶアーチをかけ猛追。しかし、右足の指をスパイクされ、10月頭から5試合欠場。指の痛みはまだ引かなかったが、スパイクの表面に穴を開けて、傷にスバイクの生地が当たらないようにして試合に出場した。

 12日の西鉄戦ではホームラン性の飛球を東田正義左翼手にジャンプ一番、キャッチされていた。ツキに見放されたような長池だったが、最後の最後まであきらめず執念の火を燃やした男は、翌73年も本塁打王に輝いた。

続きを表示

バックナンバー

もっと見る