日めくりプロ野球 2011年10月

【10月10日】2004年(平16) 始まりも終わりも代打 “神様”八木裕引退

[ 2011年10月10日 06:00 ]

代打で最後のヒットを放った阪神・八木

 【阪神8―3巨人】もう思い残すことはなかった。8回1死、直球を思い切り振り抜いた打球は右前打となった。8日の試合が雨天中止になったため、当日券だけの販売にもかかわらず、4万8000人の観衆。阪神の低迷時代から優勝を争えるチームになるまでを支えた“代打の神様”の最後の勇姿をこの目で見届けようとするファンの思いがそこにはあった。

 阪神・八木裕内野手は阪神一筋18年の現役生活に別れを告げた。「憧れだった甲子園のバッターボックスに入ることはもうないけど、満足のいく試合でした。今までもたくさん声援をいただきましたが、きょうはより一層温かく感じた」。

 始球式では10歳になる長男がマウンドへ、打席には父親が入った。そして最後の817本目のヒット。これで終わりかと思えば、岡田彰布監督のはからいで9回には一塁の守備に。最後の打者、巨人・吉川元浩一塁手は投ゴロ。久保田智之投手からの送球を受け、ウイニングボールを手にした。おまけに5度も胴上げされ、引退セレモニーもとり行われた。まさに満腹の引退試合。背番号3は時々言葉に詰まりながらも、笑顔でユニホームを脱いだ。

 三菱自動車水島から86年のドラフト3位で入団。社会人での3年間で打率3割6分、30本塁打を放ったスラッガーだった。岡山東商高の先輩だった、横溝桂チーフスカウト(当時)は「三菱が都市対抗出場に絶対必要な戦力として入団に難色を示したが、ポスト掛布として粘り強く口説き落とした」選手だった。

 プロ野球選手としての始まりも代打だった。八木自身が「忘れることができない」と現役時代の一番の思い出に挙げたのが、プロ2打席目。87年(昭62)5月13日、後楽園での巨人4回戦の8回、8番木戸克彦捕手の代打として登場した八木は、巨人・江川卓投手のこの試合ちょうど100球目となるカーブを左翼に引っ張った。打球はそのままスタンドへ。完封目前の江川に浴びせた一発は、阪神ファンに対して強烈なアピールとなった。

 4番を打つ掛布雅之三塁手が極度の打撃不振と右足を痛めたため、前日の12日に緊急昇格しての一発で「江川さんから打ったことが大きかった。これでプロでやっていけるかもしれないという自信がついた」。掛布引退後は三塁を守り、90~92年は3年続けて20本塁打以上を放った。

 96年にはけがで1年間1軍の試合出場なし。このあたりから代打としての自分の道を見つけることに専念した。たぐいまれな集中力で、代打で打率4割をシーズン半ばまでキープすることもたびたびあった。09年に阪神2軍打撃コーチに就任。後進の指導にあたっている。
 

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