日めくりプロ野球 2011年10月

【10月3日】1997年(平9) 西崎幸広 事実上の戦力外通告 ハム ベテラン大量解雇

[ 2011年10月3日 06:00 ]

 まさに青天の霹靂(へきれき)だった。都内のホテルに呼ばれた、日本ハムの西崎幸広投手は、今井球団常務から開口一番、衝撃的な言葉を聞いた。

 「球団としてはFA宣言してもらって構わない。もし、残留するというのならトレード要員になると思う」。87年(昭62)の入団以来、11年間で117勝。エースとしてチームを支えてきた自負のある男が、事実上の戦力外通告をされた瞬間だった。

 「自分からもトレード先を探してもらってもいい。動いていい」とまで言われた。一時は他球団へのFA移籍を考えたこともあったが、97年は3勝止まりで腰を痛めたことから、残留して一からやり直すつもりだった。他球団からも獲得の打診はなく、ますますファイターズ残留を心に決めた矢先に、人の足元を見るように突きつけられたチームからの決別宣言。「考えさせてほしい」。動揺した西崎は、そう答えるのが精いっぱいだった。

 西崎と同じような思いをしている選手がほかにもいた。東京・六本木の球団事務所に呼ばれた、ベテランの金石昭人、長冨浩志両投手、渡辺浩司内野手も来季の契約を結ばない意向を突然伝えられた。

 右の中継ぎでは最多の56試合に登板、2勝0敗で防御率2・26の数字を残していたにもかかわらず、戦力外通告をされた長冨はぼう然。「まだ1、2年はやりたい」と言うのがやっとで事務所を後にした。

 金石に至っては球団批判を繰り返した。オリックスと優勝争いをしていた96年、「上田(利治)監督の去年のアレ(家族の宗教問題で9月に突然休養)から、チームはバラバラになった。いいチームだったのに…」と1年前から、球団が違う方向に行き始めたと指摘。さらに、97年に巨人から落合博満内野手が移籍したことも金石は“問題視”した。

 「落合さんが来てからおかしくなった。監督も落合さんには対しては何もいえない。打撃コーチじゃないのに選手に教えたり…。あれじゃ、ヒデさん(加藤英司打撃コーチ)も怒っちゃうよ」。これまで球団内でタブーになっていたことをあらいざらいぶちまけた。

 西崎は決断した。もう日本ハムには残らない、金銭トレードでも、自由契約にでもしてくれという姿勢で、日本ハムとの交渉を持たなかった。金銭トレードを希望したのは、自分と交換で移籍する選手の心情を推し量ってのことだった。

 しかし、ここでも西崎は裏切られた。移籍を希望していた西武への入団は決まったが、石井丈裕投手と奈良原浩内野手との交換トレードだった。

 長冨にいち早く目をつけたのが、ダイエーの王貞治監督。声をかけてホークス入りとなった。金石は皮肉にも落合がいた巨人に拾われた。若返りを標ぼうし、ベテランをリストラした日本ハムは98年も優勝争いをし、オールスターまで独走していたが、終わってみれば2位。優勝したのは、西崎をお払い箱にして引き取ってもらった西武だった。

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