日めくりプロ野球 2011年10月

【10月2日】1960年(昭35) 大洋初優勝 その時後楽園では水原円裕監督カメラマン殴打

[ 2011年10月2日 06:00 ]

60年11月19日、巨人の監督は水原(左)から川上へ交代した

 【広島2―1巨人、広島3―2巨人】上半身裸の指揮官は、問答無用でカメラマンの顔面を2度、3度と殴った。その様子を撮影している別のカメラマンに対し、キャプテンはカメラを取り上げると、中からフィルムを取り出し、光の下にさらしてしまった。

 ダブルヘッダー終了後の後楽園球場、一塁側ロッカールーム。殺気立った雰囲気は、巨人・水原円裕監督の暴力行為によって一気に沸点に達した。

 信じられない行為が起きた背景にはそれなりの理由があった。巨人は第1試合に敗れたことで、デッドヒートを展開してきた大洋の初優勝が決定。巨人のセ・リーグ6連覇の夢は絶たれた。戦意喪失の巨人は第2試合も、初のAクラス入りを目指す広島に連敗。不甲斐ない戦いぶりに水原監督は不機嫌極まりなかった。

 報道陣は宿命のライバル、三原脩監督率いる大洋に敗れたことで、水原監督にの談話を取ろうと、ロッカールームの外で待ち構えた。当時はマスコミと選手、監督の距離も近く、勝った時などは報道陣をロッカーに招き入れ、着替えながら取材に応じるケースもしばしばあった。一応は、ロッカーでの取材は禁止と申し合わせていたが、顔見知りの記者やカメラマンともなれば、「失礼しまーす」のひと言で許される風潮があった。事件はこの曖昧さが生んだものだった。

 巨人のロッカールームの扉が開いたままになっていたことで、スポーツ新聞のA社のカメラマンが入っていった。敗軍の将、水原の険しい表情を撮るためだった。

 カメラのレンズが目に入った瞬間、水原の中に怒りがこみ上げてきた。くわえていたタバコをカメラマンに投げつけた後、間髪入れずに殴りかかった。そこへ後から来たB新聞社のカメラマンが、水原監督が暴行している場面を撮影した。

 ストロボに反応したのは近くにいた、巨人の主将・広岡達朗遊撃手。B社のカメラマンのカメラを取り上げると、フィルムを感光させてしまった。「何を撮ったんだ!」と大声を上げた広岡。騒ぎを聞きつけて、他社のカメラマン、記者もロッカールームに入ってきた。

 冷静になった水原監督は着替えを終え、報道陣の前に姿をみせた。「殴ったことは悪かった。反省している。ただ、こういう場合だからそっとしておいてほしかった。いきなり写真を撮られたものだから、ついカッとなってしまった」とライバル・三原の優勝に心中穏やかでなかったことを吐露。殴られたカメラマンは「立ち入り禁止のロッカールームに入ったことは申し訳なかった。しかし、殴られたことは別問題」と怒りは収まらなかった。

 巨人の高橋球団社長は水原監督に謹慎を命じ、残り3試合の指揮を川上哲治コーチに執らせることを決定。11年に渡り、巨人を8度リーグ優勝に導いた名将の巨人での最後のユニホーム姿は、あまりにも残念なことになってしまった。

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