日めくりプロ野球 2011年9月

【9月21日】1987年(昭62) 鉄人・衣笠祥雄 揺れる引退表明「なぜもっと頑張れないのか」

[ 2011年9月21日 06:00 ]

87年10月22日、最後の公式戦で通算504号本塁打を放った瞬間の広島・衣笠

 【広島6―5巨人】予感はあったが、その日は突然やってきた。連続試合出場の世界記録を樹立した、広島・衣笠祥雄三塁手が記者会見を開き、現役引退を表明した。

 「可能性を求めて野球を続けてきたが、走、攻、守の三拍子そろった野球ができなくなった。カープは守備のチーム。自分が納得できる守備ができなくなっては、これ以上プレーすることは耐えられない」。時折、声を詰まらせながらユニホームを脱ぐ理由を口にした鉄人。そうは言いながらも、「一生野球をやっていたい」という男の気持ちは大きく揺れていた。

 だからこそ思わず本音も出た。「なぜ、もう少し頑張れないのかとも思う。自分にご苦労さんとは言わない」。野球は続けたいが、体がついていかない。だましだましやれば、あと数年はできるだろう。しかし、2131試合連続出場という前人未到の記録を打ち立てた今、晩節を汚してはならないという思いは強かった。「打つだけならまだ自信がある」と、会見前には話していた衣笠だが、それでは意味がなかった。

 そんな衣笠が野球を辞めたいと、本気で思った時期があった。79年、極度の不振にあえいだ衣笠はついに5月27日、スタメンから外れ、連続試合フル出場の記録は678試合で途切れた。

 連続試合出場は続いていた。打率は2割あるかないかの数字。本来ならファームで調整を言い渡されても仕方がなかった。それでも古葉竹識監督は使い続けた。そんな衣笠にファンからの辛らつな野次が飛ぶ。「そうまでして試合に出たいのか、そんなに記録が大切か」。

 正直、連続試合出場についてはこだわりはなかった。それより目の前の数字に苛立った。優勝争いをしているチームの中で足を引っ張っているとすら感じた。7月、毎年当たり前のように出場していたオールスター戦には選ばれず、図らずも数日間の休日が与えられた衣笠は、夫人の気遣いもあって家族で海水浴に出かけた。

 海ではしゃぐ子どもたち。「一緒に遊ぼうよ」と誘われても、野球のことが頭からはなれずに寄せては消える波を目の前にして憂うつな表情を浮かべていた。その時、ふと思った。「オレは一人で何をクヨクヨ考えているんだろう。何を迷っているんだろう。三振かホームランか、思い切ってバットを振ればそれでいいじゃないか」。いつもの野球場とは違う、海水浴場という開放的な場所に行って、気分転換変したからこそ見つかった答え。これで完全に吹っ切れた。

 後半戦、それまで不振が嘘のように打ちまくった衣笠は9月に月間MVPを獲得すると、広島の4年ぶりリーグ優勝に貢献。打率2割7分8厘まで上昇し、20本塁打をマークした。

 それから8年たっての引退表明。今度は吹っ切れてはいなかったが、これが引き際と判断しての決断だった。打撃はまだ自信がある、と言っていた通り10月22日の最後の公式戦では、大洋・新浦寿夫投手から惜別の2点本塁打。通算504号を記録し、引退に花を添えた。

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