日めくりプロ野球 2011年9月

【9月16日】1993年(平5) 広島激震のその日に…ルーキー鈴木健 プロ初勝利は完封

[ 2011年9月16日 06:00 ]

 【広島4―0阪神】一塁へのゴロが転がると、マウンド上の右腕は全力疾走でベースカバーに入った。広島・小早川毅彦一塁手からトスされたボールをしっかりキャッチし、一塁ベースを力強く踏んだルーキー鈴木健投手は、試合終了の瞬間、小さくガッツポーズ。最高の笑顔を見せた。

 甲子園での阪神―広島21回戦。13試合目の登板となった鈴木は阪神打線をわずか3安打に抑え、完封勝利を挙げた。鈴木にとってこれがプロ初勝利。山形・羽黒工高時代はついに手が届かなかった甲子園のマウンドで堂々の投球を披露。危なげなく阪神打線を料理した。

 実は広島、これが9月初勝利だった。8月31日の阪神17回戦(広島)で4―6で敗れて以来、悪夢の12連敗。この日敗れれば、球団創設の1950年(昭25)に記録した13連敗のワースト記録に肩を並べてしまうところだった。

 「12連敗中?それは知っていたけど、考えずに投げた。このチャンスを生かしたい。ただそれだけで腕を振った」と鈴木。ストレートは最速144キロだが、スライダーがさえて阪神打線に凡打の山を築かせた。3回から8回までは無安打投球。当時、プロ野球界唯一の山形県出身の選手で、鈴木にとっての記念すべき勝ち投手は、山形出身投手にとっても、南海の往年のエースで、米沢西高出身の皆川睦夫投手が71年10月4日に近鉄23回戦で挙げた白星以来。22年ぶりの快挙でもあった。

 「鈴木がよく投げてくれた。2点なら交代するところだったが、4点あったからね。来年が楽しみ」と山本浩二監督。しかし、その表情は寂しさをぬぐえなかった。試合前、山本監督は選手全員を集め、このシーズン限りの退団を発表していた。

 就任5年目。91年には5年ぶりのリーグ制覇を成し遂げた“ミスターカープ”だったが、翌年は10年ぶりの4位に転落。勝負の年と位置付けた93年は、開幕から球団新記録となる6連勝と好ダッシュ。V奪回へ最高の滑り出しとなったが、5月下旬から負けが込みだし、夏場は最下位争いに。この12連敗で決定的となった。

 チームに激震が走った中での新人右腕のシャットアウト。キャンプ中から注目し、開幕1軍に抜てきしたドラフト3位が、シーズン終盤ながらも結果を残したことで、次期監督に土産が残せたと山本監督もホッと胸をなで下ろした。

 しかし、鈴木が脚光を浴びたのはこの日1日だけだった。翌年は1軍に昇格できぬまま終わり、3年目は2試合登板のみ。協力関係にある台湾・時報に武者修行に行くも2勝5敗。97年には横浜に移籍しながら登板機会はなく引退した。

 社会人・日本石油時代に日本選手権で優勝し、故津田恒美さんの付けた背番号14を継承したが、その活躍はあまりにも短すぎた。
 

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