日めくりプロ野球 2011年8月

【8月31日】1981年(昭56) 高校1年で野球部退部 テスト生 新井克太郎 23年ぶり快挙

[ 2011年8月31日 06:00 ]

 【大洋6―1中日】どうしてこんな投手が打てないんだろう。そう思っているうちに2時間43分のゲームは終了。中日は完敗してしまった。

 大洋との23回戦(横浜)。前日30日のダブルヘッダーで斉藤明夫、平松政次両投手を攻略し連勝。それがプロ4年目、初先発のテスト生上がりの右腕に5安打1点に抑えられるとは、想像すらできなかった。

 149球を投げ、プロ初完投初勝利を収めたのは大洋・新井克太郎投手。20日前に1軍に上がって6試合目の登板だった。「バッターを1人アウトにするたびホッとしながら投げていた。夢のようです。信じられない」と新井。ベテラン辻恭彦捕手の巧みなリードによるところ大だったが、それでも初先発初勝利としては立派な内容。大洋のテスト生投手の勝利は、1958年(昭33)の島田源太郎投手以来、23年ぶり。「相手にデータがない分通用した」という土井淳監督もしてやったりの表情だった。

 最速はわずか135キロ。辻はストレートを見せ球にカーブを低めに集めて中日打線に的を絞らせなかったが、新井も初回に辻からどやしつけられたことで気合いが入った。

 1回、先頭の田尾安志右翼手への初球は暴投だった。カーブのサインを辻は出したが、新井が投げたのは直球。しかも逆球では名捕手も捕りようがない。温厚な“ダンプ”辻がマウンド上の右腕を怒鳴った。

 が、これで目が覚めた。以後は辻のミットめがけて投げ込み、気が付けば与えた得点は、併殺打の間に生還された1点のみ。「5回くらいから、ベンチで完投しろ、完投しろ、って皆さんから言われ、その気持ちが強くなった」。負けた中日は「たいしたボールじゃないんだが…。何で負けたのかわからない」とファーム4年間で通算11勝の投手に、よく分からないままひねられてしまった。

 埼玉・大宮工高時代は甲子園、エースどころか、なんと1年生の夏前に野球部を退部。以後は知り合いが所属する軟式野球チームで「遊びでやっていた」。3年生の時、たまたま新聞で見た大洋の新人入団テストの募集を見て応募。「自分の力がどんなもんかと腕試し」のつもりだった。

 ところが、200人がテストを受け、その中から2人が合格。その1人が新井だった。実家は埼玉で鉄工所を営んでいたが近所にはヤクルトのファーム施設があった。それでも大洋のテストを受けたのは「近所だと甘えてしまうから」。両親に猛反対されたが「4年間、大学へ行ったと思って」と説得。支度金50万円、年俸150万円で入団した。

 シンデレラボーイの出現でこの年ダントツ最下位だった大洋に一筋の光明となったが、背番号68が脚光を浴びたのはこの日だけだった。新井はこの1勝のみで83年に引退。「4年のつもりが6年もできた。夢の1勝もできたし」。悔いはなかったようだ。テスト生出身右腕が、夏休み最後の日に一瞬の輝きを放った。

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