日めくりプロ野球 2011年8月

【8月29日】1976年(昭51) 闘将江藤慎一 事実上引退「コイツか言うこと聞いてくれん」

[ 2011年8月29日 06:00 ]

1964、65年と首位打者を獲得した中日時代の江藤のバッティング

 通算2057安打を積み重ねてきた18年目のベテラン、ロッテ・江藤慎一内野手が1軍登録を抹消された。

 「もういかんばい。コイツか言うこと聞いてくれん。辞めます」。マスコミには口を閉ざしていたが、1軍の裏方にはそういい残して、ロッカーの荷物をまとめた。

 言うことを聞いてくれん、と江藤が嘆いたのはくの字に曲がった右ひじ。梅雨時から痛み出した古傷は治療に通ったものの、良くなることはなく、後期が始まるとほとんど出番なし。金田正一監督は、打撃コーチ補佐でのチーム帯同を勧めたが、「ワシは選手。コーチをやるくらいなら引退する」と拒否。まだ優勝の可能性が残されている中での登録抹消は、事実上の戦力外通告。江藤はここが潮時と悟った。

 前年の75年、太平洋クラブライオンズの選手兼任監督だった江藤は、チームをAクラス3位にしたもののシーズン終了後、選手兼任コーチに格下げされる条件を打診された。メジャーリーグの名将、レオ・ドローチャー監督招へいの動きの犠牲者だった。

 退団を決意した江藤に声をかけたのが金田監督だった。「プロとしての生きざまを若い選手に見てもらいたい」と誘い、一兵卒からの再スタートとなった。

 球界でただ一人、セパ両リーグで首位打者を獲った江藤の気合いの入れようはすさまじかった。大好きな酒を断ち、走り込みなどで10キロ以上の減量に成功。減量に耐えるためにキャンプ地鹿児島の天文館にあるマムシのエキス入りラーメンを食べて頑張った。

 ペナントレースに突入すると、闘将のバットが火を噴いた。DHとして登場した4月4日、開幕2戦目の日本ハム2回戦(後楽園)では、先発の高橋一三投手から先制の1号2点本塁打を放ち、チームの初勝利に貢献。翌5日の3回戦は7回に逆転を呼び込む2号弾。14日の近鉄1回戦(後楽園)では、井本隆投手から決勝の3号アーチ。17日は煮え湯を飲まされた古巣太平洋4回戦(仙台)。初回、巨人から移籍の関本四十四投手から先制打を放った。ロッテが4月に挙げた11勝中約半分の5試合は江藤の活躍によるものだった。

 「やせて腹が引っ込んだせいで内角球がさばけるようになった。拾ってくれたカネさんを男にしなきゃ、男がすたる」と江藤。5月には打率が3割を超え、「予想以上。持っている技術が違うで。江藤さまさまや」と金田監督も上機嫌だった。

 そんな江藤が6月の声を聞くと、右ひじの影響でバットの振りが鈍り成績は急下降。打率2割2分9厘、6本塁打、24打点の成績で静かにバットを置いた。

 静岡に野球専門学校を設立したり、社会人野球の「ヤオハンジャパン」を率い、都市対抗にも出場したが、2010年2月28日に永眠するまで、2度とプロ野球のユニホームを着ることはなかった。

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