日めくりプロ野球 2011年8月

【8月20日】1976年(昭51) 怒鳴り散らしたカネやんの期待に応えたのは酒豪・成重春生

[ 2011年8月20日 06:00 ]

 【ロッテ2―1近鉄】5連敗中のロッテ。ナゴヤ球場での近鉄後期7回戦でも先発の水谷則博投手が2回途中でKO。ベンチの金田正一監督は奮起を促すためにあたり構わず怒鳴った。

 「なんちゅう野球や!アウトを取れんピッチャーはいらんわい。顔も見とうない。打てんやつはどんどん(2軍へ)落とすで。覚悟しとけ!」。「ワシはもう怒鳴ったりせえへんで」という誓いは、ものの3日で破られ、背番号34は、ピッチングコーチに「ちゃんとアウトをとれるピッチャー出せ」と要求。初回から肩をつくっていた成重春生投手が呼び出された。カネやんの剣幕にもビビらない、強心臓の男でないと、この険悪な雰囲気の中では投げられないと判断した、ベッド格の根来広光バッテリーコーチの人選だった。

 シーズン8試合目の登板も、この日は中10日ほど開いていた。ベンチ入り投手の中では、早い回に先発が崩れたり、敗戦処理などのいわゆる“便利屋”は「久しぶりだったけど、打たれてもともとという気分でリラックスして投げた」。これが浮き足立ったロッテを落ち着かせた。2回無死からのロングリリーフで9回まで投げ切り、わずか3安打無失点投球。8回に味方が代打長谷川一夫外野手の右前適時打で勝ち越し。気がつけば成重にシーズン初白星が付いていた。

 試合当初のご機嫌ナナメから一転したのが金田監督。「成重さまさまや。あの大酒飲みがやりおったわ。連敗は尾張名古屋でおわりってことやな。ハッハッハッハ」。ダジャレまで飛び出し、意気揚々と宿舎へと向かった。

 成重を送り出した根来コーチにはナゴヤ球場でのある記憶があった。ロッテが日本一になった74年の日本シリーズ第2戦、6回に2点ビハインドのロッテは1死二、三塁のピンチに5番手で成重を起用。中日・高木守道二塁手を遊飛、島谷金二三塁手を三振に仕留め、ピンチを切り抜け、7回も3者凡退に抑えてロッテの逆転勝利を呼び込み、勝利投手になった。

 第1戦でサヨナラ勝ちを収めている中日ペースだったシリーズの流れがここで変わった。ロッテは4勝2敗で中日を破り、1950年(昭25)に毎日オリオンズが日本一になって以来、24年ぶりのシリーズ制覇となった。「名古屋では相性がいい」と読んだ根来コーチのひらめきの勝利だった。

 右サイドハンドの成重は大昭和製紙白老の中継ぎ投手だったが、起用法に不満を抱き退社。「1度くらいはプロで投げてみたい。その金でうまい酒を飲みたい」と12球団のテストを受けるため、北海道を後にした。

 最初にテストを受けたのがロッテ。ここで合格し、72年にプロ入り。ロッテ、西武、巨人と渡り歩き、9年の現役生活で177試合に登板し、7勝10敗7セーブで防御率3・95。性格も投球も大胆だった投手が、日本シリーズでの1勝は覚えているだろうが、その2年後の真夏のロングリリーフの白星を覚えているかどうかは定かではない。

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