日めくりプロ野球 2011年8月

【8月16日】1984年(昭59) 夢打ち砕いた 村上信一 史上初の代打2打席連続本塁打

[ 2011年8月16日 06:00 ]

 【ロッテ8―2阪急】時間を追うごとに平和台球場は、大記録に向かって熱気を帯びていった。

 ロッテの深沢恵雄投手は阪急21回戦に先発。7回まで3四球、安打を1本も許していなかった。首位を走る阪急だが、2位ロッテが猛追。阪急・上田利治監督は穏やかな心境ではいられなかった。

 8回、上田監督は3年目の左打者を期待を込めて代打に起用した。3年目の千葉・印旛高出身、ドラフト外入団の村上信一内野手。1週間前の8月9日、南海20回戦(大阪)の延長10回、代打でプロ初打席を迎え、加藤伸一投手から右翼へ勝ち越しの2点本塁打を放った。以来、上田監督の信頼を得ていたが、使う機会がなかった。

 「頼むで。思い切り行けや」。監督自ら声をかけて送り出した。「打てなくてもともと。食らい付いていくだけだ」と村上。既に11勝をマークしているマウンド上の深沢は、その名前がコールされた時に思った。「村上?聞いたことない名前だな。新人か?」。

探りを入れるために初球は外角ギリギリのストレートでボール。2球目は内角にまたストレートを投げストライク。カウント1―1になった。

 3球目は内角のカーブ。村上のバットが反応した。縦に落ちる軌道をすくい上げるように打った白球は、ライトへ高々と舞い上がった。外野にコンバートされていた有藤道世右翼手がポール際まで追った。その頭上を越えて打球はスタンドに着弾。ベンチから総出で大喜びの一塁側阪急ナイン。三塁側のロッテナインは静まり返った。

 深沢のノーヒットノーランを打ち砕いた2号本塁打は、デビューから代打で2打席連続となる一発。プロ野球史上、初打席初本塁打の次も本塁打だったケースは、75年に太平洋の山村善則内野手が記録しているが、2本とも代打というのはプロ野球史上初の快挙だった。

 試合は敗れたが、不名誉な記録だけは避けられたことに、上田監督は「シンイチじゃなきゃ打てなかっただろう。ノーヒットノーランやられたらショックで立ち直れない。意味のある一発だった」と評価。お試しで1軍に上げた選手だが、これでファームに逆戻りせずに済んだ。

 ところで、村上は2本目の本塁打を放った夜、1軍マネジャーにゲンコツを食らった。

 本塁打を放ち、ダイヤモンドを周っている際に村上の頭の中をよぎったのは「バットを忘れずに持ち帰らなきゃ」だった。南海戦で初本塁打を打った後、報道陣に囲まれて舞い上がり、打ったバットをベンチに忘れてしまった。先輩にからかわれ、恥ずかしい思いをしただけにこんどこそ忘れまいと誓った。

 バットはちゃんと抱えてベンチを出たが、今度はグラブを忘れてきてしまった。翌日は東京への移動日。わざわざ平和台に取りに行かなくてはならなくなった。チームの遠征中は団体行動。スケジュールを管理するマネジャーに大目玉を食らうのは無理もなかった。

 プロ野球史上初の記録を残した男は、現役を15年続け、18本塁打の記録を残し引退。ソフトボールの豊田自動織機の打撃コーチになり、日本リーグ3連覇に貢献。その技術を十分に生かした。
 

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