日めくりプロ野球 2011年7月

【7月14日】1978年(昭53) 組織票待った!日本ハム 球宴8人ファン投票選出で2人辞退

[ 2011年7月14日 06:00 ]

 やっぱり8人が1位になってしまった。オールスターゲームのファン投票結果が発表され、パ・リーグは福本豊外野手(阪急)を除いて、日本ハムの選手が8人もトップになった。

 しかし、新人の古屋英夫三塁手、4年目の菅野光夫遊撃手の2人が出場を辞退することになった。けがをしているわけでもなく、泣く泣く辞退せざるをえなかったというのが実情。背景には日本ハムに対する“球宴ジャック”との批判があった。

 日拓からチームを引き継いで5年目。Bクラスが指定席だったファイターズが、前期3位と健闘。これを機に一気に球団を盛り上げようと、本社や関連企業、子どもたちのファンクラブである少年ファイターズの会員に積極的に呼びかけ、ファン投票を依頼。その結果、7日の中間発表で異例の8人トップが判明。最終発表では投手が佐伯和司から同じ日本ハムの高橋直樹に代わった程度で、9つのポジションのうち、8つでトップに立った。

 当初、三原脩球団社長は「球団の努力の成果。他球団ももっと努力すべき」とトップ独占に胸を張ったが、オールスター実行委員会や日本ハム本社に「やり過ぎだ」などの抗議電話が殺到。世間の反応は日本ハムにとって冷たいものだと分かると、ファン投票結果に基づく“内示”があった13日に、大沢啓二監督らは、出場の可否を協議した。

 エースの高橋、4番としてチームを引っ張る柏原純一一塁手、25本塁打のミッチェル外野手は文句なしで出場が決まった。ベテランの加藤俊夫捕手の存在感も認められた。残る4人の中で、富田勝二塁手と千藤三樹男外野手は打率3割を打っていることから、出場は妥当と判断されたが、古屋と菅野はそれぞれ打率2割3分、同2割5分2厘程度で、レギュラーには定着していなかった。

 結局、大沢監督に「まだ若いんだから、いくらでも出場機会はやってくる」と辞退を促した。ジュニアオールスター(現フレッシュオールスター)に出場することになっていた古屋は「(会場の)横浜(スタジアム)で100万円を狙う」と怒りをぶつけた。一方の菅野は「痛めている右足首を治したいし、ちょうどいい機会」と強がったが、最後には「自分の力のなさが悔しい。票を入れてくれたファンに申し訳ないし、1位になったのだし本当は出たい」と本音を口にした。

 ジュニアオールスターで3打数無安打2三振に終わった古屋が、球宴に“初出場”したのは翌79年。22万3012票を獲得し、パ・リーグの中で福本に次ぎ、2位の得票数だった。初安打を放ったのは、その6年後、3回目出場の85年のことだった。

 85年まで現役を続け、通算389安打を放った菅野は以後、球宴出場のチャンスは訪れず、事実上出場なしのまま引退した。

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