日めくりプロ野球 2011年7月

【7月4日】1965年(昭40) 2日続けてメモリアル 山内一弘 前人未到の300本

[ 2011年7月4日 06:00 ]

63年末、世紀の大トレードで阪神入りした山内。セ・リーグでもそのバッティングは健在だった

 【阪神4―2巨人】2日続けて節目の記録を残した選手がいた。阪神の山内一弘左翼手は後楽園での巨人13回戦の初回、城之内邦夫投手から左翼へシーズン7号となる先頭打者本塁打を放った。

 毎日オリオンズ入団の1年目、52年(昭27)8月2日、炎天下の群馬・高崎城南球場で行われた阪急15回戦で、宮沢基一郎投手から打ったプロ初本塁打から数えて、山内にとってこれが通算300号となる記念の本塁打。今でこそ、ちょっとした長距離ヒッターなら、300本はそう難しい数字ではないが、当時は前人未到の記録。日本球界初の偉業を達成した瞬間だった。

 「カウントが1―3になったから、歩く(四球)かなっとも思ったが、積極的にいかなきゃと思い直して狙っていた。ストレートだった。手応えはあったね」と山内。とは言いながら、正直者で気の利いたコメントが言えない、野球一筋の男は300号本塁打より、1年以上前に打ったホームランの方が「嬉しかった」と答えてしまった。前年の64年5月2日、巨人6回戦(後楽園)で宮田征典投手から打った通算266号本塁打は、元巨人、大洋で活躍した青田昇外野手の記録した本数を上回る当時の日本記録の一発がそれだった。

 周囲は「野村克也(捕手、南海)とどちらが先に大台に到達するか」という話題で盛り上がったが、野村はこの時点で295本。「尊敬しているヤマさんに先に打ってもらって正直嬉しい。ワシはあの人のバッティングを手本にしてここまできた。まだ、ヤマさんを抜けるような技量は持っていない」と野村。後に868本の世界記録を残した、巨人・王貞治一塁手はこの時点で189本、長嶋茂雄三塁手は201本。山内の記録は燦然と輝いていた。

 その前日の3日。山内はもう1つのメモリアルを球史に刻んでいた。4回、2死一、二塁で巨人・益田昭雄投手から6号3点本塁打を左翼スタンドへ運んだ。この3打点で通算1000打点を達成。こちらはすでに川上哲治(巨人)、藤村富美男(阪神)それに青田の3人が到達済みだったが、現役14年目での達成は最短だった。

 2日も大記録を達成すれば、当時の選手は繁華街でドンチャン騒ぎもいいところだったが、「生活即野球」を標榜する、野球一筋の男は、祝杯をあげるわけでもなく、いつも通りにバットの素振りをしてから床に着いた。

 「野球選手である以上、24時間野球について考えているようでなければ一流にはなれない。僕は今日が最後になってもいいという覚悟で野球をやっている。悔いを残さないためにも準備はしっかりやりたい」。酒もタバコもやらず、付いたニックネームの一つが「打撃の職人」。王や長嶋、野村に抜かれるまで多くの打撃記録をもっていたのもうなずける。

続きを表示

バックナンバー

もっと見る