日めくりプロ野球 2011年7月

【7月3日】1952年(昭27) いつまでやるの?オールスターゲーム、延長21回!

[ 2011年7月3日 06:00 ]

国鉄時代の金田。オールスターには引退した69年まで18回出場した

 【全セ2―2全パ】もしもナイター設備があったら、一体何回まで延長戦が続いたのだろう。

 西宮球場での第2回オールスターゲームの第1戦は、なんと延長21回まで戦った。勝負がつかず引き分けとなったが、試合終了時刻は午後6時36分。2日間降り続いた雨がようやく上がって、なんとか午後2時6分に試合を開始したが、空は薄日が差し込んだものの、曇天。西宮にはまだ照明塔がなかった。夏とはいえ、晴天でなければボールを追うにはもう暗かった。

 試合を振り返ってみよう。先制したのは全セ。4回、全パの2番手で登板した、ジミー・ニューベリー投手(阪急)に襲いかかり、先頭の2番千葉茂二塁手(巨人)が右前打で出塁すると、ここから岩本義行右翼手(洋松、現横浜)、川上哲治一塁手(巨人)、藤村富美男三塁手(阪神)と4本のシングルヒットを集め、2点を入れた。

 たまらず全パの山本(鶴岡)一人監督(南海、現ソフトバンク)は、野村武史投手(毎日、現ロッテ)にスイッチ。後続をしのいだが、全セの2番手金田正一投手(国鉄、現ヤクルト)の出来は完璧。反撃の糸口すら見つからなかった。

 この時弱冠18歳だった金田。4回から先発別所毅彦投手(巨人)の後を受けて4回から登板、6回1死まで4者連続を含む5三振を奪う快投をみせた。9番木塚忠助遊撃手(南海)にも直球で押しまくり、簡単に追い込んだが、外角低め速球に振り遅れた打球は一塁後方に落ちるポテンヒットに。パーフェクトに抑えてマウンドを降りたかった金田にとって、この1本で頭に血が上った。

 続く1番蔭山和夫三塁手(南海)にはカウント1―3と急に制球を乱した。そして5球目。「打てるなら打ってみぃ」とど真ん中にストレートを投げた金田。力んだ分、棒球になった。プロ通算53本塁打の蔭山の打球は、左翼席へ一直線の打球はスタンド中段ではねた。

 これで振り出しに戻った。全セは9、10回に先頭打者が出塁したが後続が凡退。18回には先頭の楠協郎捕手(巨人)が四球で出たが、とっておきの代打西沢道夫内野手(名古屋、現中日)が遊ゴロ併殺打。その直後に1番与那嶺要左翼手(巨人)の二塁打が飛び出すなど、なんともちぐはぐな攻めで試合を決められなかった。

 一方の全パは金田をはじめ、3番手の杉下茂(名古屋)、5番手の大友工(巨人)の計3投手にそれぞ5三振を喫し、計19三振に。16回1死二塁のサヨナラ機に3番別当薫中堅手(毎日)、4番大下弘右翼手(西鉄)が連続三振では勝ち目はなかった。

 「もう何も話したくない。勘弁して」(大下)「疲れた、のひと言。しんどい」(川上)「2試合以上続けた計算でしょ。クタクタ」(藤村)…。試合終了後、さすがの猛者たちも、まともに話す選手はいなかった。

 1日空けて、5日に後楽園で行われた第2戦は全パがうっぷんを晴らすかのように14安打を放ち8―1で大勝。試合時間はわずか1時間55分だった。

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