日めくりプロ野球 2011年5月

【5月28日】1991年(平3) 異例 1年で出戻り 高沢秀昭 シーズン中に古巣復帰

[ 2011年5月28日 06:00 ]

ロッテでは首位打者も獲った高沢
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 広島が逆転で巨人を5―3で下した日、1件の金銭トレードが決定した。広島の高沢秀昭外野手がロッテに移ることが球団から本人に伝えられた。

 高沢が広島へ移籍してきたのは、前年90年。古巣であるロッテへ2年も経たずに戻ることになった。トレードからこれだけ短期間で復帰するのはきわめて異例。しかもシーズン中というのもほとんどレアケースもいいところで、加えて交換トレードではなく、半ば戦力外の金銭トレード。89年秋、広島・山本浩二監督がその確実性の高い打撃を買い、高橋慶彦内野手や先発ローテーションの白武佳久投手、ドラフト1位の杉本正志投手まで放出し、水上善雄内野手を加えて2対3の大型トレードで獲得した元首位打者を簡単に“返却”してしまった。

 高沢の古巣復帰には2つの背景があった。1つは広島の若手外野手の急成長。特に進境著しかったのが、熊本工高からドラフト4位で入団した、2年目の前田智徳外野手。91年は開幕1軍入りし、レギュラーを奪取。俊足巧打の1番打者として、5月28日現在、打率2割8分1厘をマーク。この日の巨人戦でも勝ち越し打を放ったのは、この20歳前の天才左打者だった。

 1年目、91試合で2割5分4厘、6本塁打24打点止まりの高沢は、2年目は守備固め、代打要員に。トレード決定時点で20試合に出場、打率2割5分で2打点という寂しい数字だった。

 もう1つがロッテ側の都合だった。2年目の外国人、デーブ・ヘンゲル外野手を1試合4打席で見限り解雇。外野陣が手薄になったことから、金田正一監督の要望で、広島でくすぶっている高沢のカムバックをフロントを通して要請していた。

 球団は重光昭夫氏が社長代行に就任すると「OBの力を借りて球団を再建したい」と、17年遠ざかっている優勝に向かって、トレードに出した選手の“呼び戻し作戦”をも計画。ロッテで首位打者にも輝き、ベストナイン、ゴールデングラブまで受賞した高沢はその最有力候補だった。

 広島側の厚意で復帰した高沢は早速6月1日に1軍登録。仙台での西武7回戦に相手の先発が左腕、工藤公康投手だったこともあり、右の高沢は「5番・左翼」でスタメン出場した。

 かつて広島移籍前に付けていた背番号「31」からずいぶん軽くなった「7」をつけて登場。結果は4打数無安打。すべて飛球を打ち上げてのアウト。感情を表に出さないクールな男も、珍しく打席で力んだ。

 広島での不振は単にセ・リーグの水が合わなかっただけなのか?高沢は「自分に力がないから」と多くを語らなかったが、89年に痛め手術した右足裏の状態は好転せず、ロッテ復帰後もわずか35試合出場、打率2割5分の4本塁打とかつての面影は薄くなっていた。

 川崎から千葉に移転した92年を最後に引退。88年にリーディングヒッターと最多安打のタイトルホルダーらなった男は通算932安打と1000本安打にも届かずひっそりとユニホームを脱いだ。
 
 

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