日めくりプロ野球 2011年5月

【5月23日】1987年(昭63) 新球場こけら落としで21年ぶりのサスペンデッドゲーム

[ 2011年5月23日 06:00 ]

 【南海5―4ロッテ】8回表、南海・中条善伸投手がロッテの3番横田真之中堅手を二ゴロに打ち取ると、杉浦忠監督は投手交代を新屋晃球審に告げた。交代は了承したものの、6人の審判団が集まり、何やら協議。交代でマウンドに上がった、井上祐二投手に投球練習をやめさせると、試合を中断。両軍監督に事情を説明した後、この試合を「サスペンデッドゲーム」(一時停止試合)と宣告した。続きは7月7日、平和台での南海―ロッテ戦の前に行われることになった。

 新潟・柏崎の佐藤池球場。スコアは4―4の同点。時計の針は午後5時40分を指していた。照明施設のない球場でこれ以上暗くなってはプレーに支障をきたすと判断しての審判団の決定だった。

 サスペンデッドゲームは公認野球規則にも載っているが、採用しているのはパ・リーグのみ。パの試合協定事項では、試合を一時停止する条件として「照明の故障」「照明施設のない球場での日没」「旅行(次の試合の移動)のための時間制限」「観客の治安上、試合管理人が試合を打ち切るのが適当と判断」した場合の4つを規定。今回は日没でのサスペンデッドだった。過去パ・リークでは一時停止になった試合が7試合あり、66年(昭41)6月7日、東映―東京(後楽園)以来、21年ぶり。その時は照明施設の故障が原因だった。

 試合は2時開始予定だった。ところが前日からの雨が降り続き、グラウンド整備に時間がかかり試合開始を32分遅らせた。ようやくプレーボールがかかったが、2回表終了後に再度雨が降った。雨がやんでもグラウンドはグチャグチャ。再整備が必要だった。トラックで4トンもの砂が運ばれ、柏崎市の職員40人を動員して1時間4分後に試合が再開された。

 ここまでして柏崎での試合を成立させようとしたのには理由があった。同球場は前年の86年11月に完成したが、この日のプロ野球公式戦まで半年以上こけら落としを待っていた。柏崎でプロ野球の公式戦が行われたのは、37年前。50年(昭25)7月18日、大洋―巨人が柏崎高校のグラウンドを使用して行われたのを最後に遠ざかっていた。大阪球場でも川崎球場でも閑古鳥が鳴く代表格の対戦だったが、ここでは1万2000人分の前売り券が完売していた。何が何でも中止にするわけにはいかない事情がそこにはあった。

 本来なら翌日に行われるサスペンデッドゲームだが、翌日は新潟での試合だったため、予定されている試合時間を変更するわけにも行かず、今回同じ南海の主催試合の時に行うことになり、一番近い日程が7月だった。

 7月7日はまた雨にたたられ中止。翌8日、午後5時半から続きを始めた。基本的には当日の出場メンバーのままでの戦いとなるが、1軍登録を抹消された選手や交代した選手は出場できなかった。

 試合は9回裏、河埜敬幸遊撃手の左中間フェンス直撃打で南海がサヨナラ勝ち。5月の試合で無安打だった河埜は「所変れば、調子も変る。長かったけど勝ててよかった」。一方、高沢は5月に2安打、7月に1安打で計3安打となったが、猛打賞扱いにはならず賞金、賞品はなし。南海・門田博光外野手は5月に本塁打を放ち、元々この日組まれていたロッテ戦でも本塁打を放ったが、記録上は2試合連続本塁打にはならなかった。
 あれから2010年まで日本球界ではサスペンデッドゲームはなし。今では地方球場の施設は、各球団のフランチャイズ並み。サスペンデッドゲームは23年間、プロ野球では記録されていない。

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