鈴木康二朗さん死去 王貞治に756号許した右腕 19年11月肺炎のため70歳で ヤクルトなどで81勝

[ 2023年2月14日 05:00 ]

元ヤクルトの鈴木康二朗さん
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 ヤクルトの主力投手として活躍し、王貞治(巨人)に節目の通算756号本塁打を打たれたことでも知られる鈴木康二朗(すずき・やすじろう)さんが19年11月19日に肺炎のため70歳で死去していたことが13日、分かった。茨城県出身。娘の前川麻由さんによると、19年3月に脳梗塞を患い、福島県内の病院で療養していた。

 77年は14勝9敗。同年9月3日の巨人戦で王に、当時ハンク・アーロンが持っていた大リーグ通算記録を上回る756号アーチを許した。前川さんは本紙の取材に「引退後に“俺は逃げなかった”“(歴史的な一本を)二流の選手から打ったとならないよう頑張った”とよく話していた」と懐かしんだ。また、同僚だった現役時代から親交が深かったヤクルトOB会長の井原慎一朗氏は「普段は優しく、マウンドでは別人だった」と話した。

 シンカーを武器にヤクルトと近鉄で通算81勝52セーブを挙げた鈴木さんは、78年は13勝3敗で最高勝率に輝き、ヤクルトの球団初のリーグ制覇と日本一に貢献した。

 ◇鈴木 康二朗(すずき・やすじろう)1949年(昭24)4月18日生まれ、茨城県出身。磯原高から日鉱日立を経て72年ドラフト5位でヤクルト入団。77年に初のオールスター出場を果たし、第3戦で優秀選手。78年には13勝3敗でセ1位の勝率.813をマークし球団初のリーグ優勝、日本一に貢献した。82年オフにトレードで近鉄に移籍、84、85年にパ最多セーブを記録するなど活躍し86年限りで引退。現役時代の身長、体重は1メートル89、80キロ。右投げ右打ち。95年には軟式野球の「オール日立」の一員として茨城県代表となり国体にも出場した。

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