選手会の激闘を振り返れば、広島カープを応援したくなる

[ 2022年11月30日 14:09 ]

広島・新井貴浩監督
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 【君島圭介のスポーツと人間】武田信玄は治水で国をつくったという。甲府盆地が水害の被害に遭うと「信玄堤」を考案し、城下町と耕地を河川のはんらんから守った。治水事業は国の背骨だ。目前の利益を求め、権力者が水の流れを勝手に変えれば必ずしっぺ返しが来る。

 04年、近鉄とオリックスの合併に端を発し、球界再編騒動が起きた。このとき日本野球機構(NPB)は10球団1リーグ制の流れをつくろうとしていた。日本プロ野球選手会による必死の抵抗の最中、某球団オーナーによる「たかが選手が」発言も飛び出した。

 12球団2リーグ制の維持は選手会の功績だが、1リーグ制ありきの熱病に冒された経営陣の中、広島の松田元(はじめ)オーナーが「もっと慎重になるべき。あまりにも経営者サイドでものを見すぎだ」と発言したことは忘れられない。「経営陣にもこんな考えの人がいるのだ」と救われた。

 NPBと選手会の対立が転機を迎えたのは12年の第3回WBCをめぐる騒動だった。不当な利益配分を理由に選手会が7月22日、不参加を決議。そして、決議を撤回する9月4日まで45日間。選手会とNPBは昼夜を問わず労使折衝を重ねた。WBCの利益配分はきっかけでしかなかった。当時の松原徹選手会事務局長は「一球団の利益を追求する時代ではない。NPBにお金が集まる仕組みをつくるべき」と主張し、NPBにリーダーシップを求めた。

 労使交渉を重ねる中で、NPB側にも選手会と理想を共有できる人物が現れた。決議を撤回した日、新井貴浩会長(当時阪神)は「NPBの中には真剣に行動してくれた人もいた」と、島田利正国際関係委員長(当時日本ハム球団代表)=現女子ソフトボールJDリーグチェアマン、の名前を挙げている。

 12年9月4日は選手会とNPBの対立構図が、ともに前を向く共闘スタイルに変わる分岐点となった。選手会はNPBに「現役ドラフト」を提案し、12月9日に第1回が開催される。さらに移籍市場の活性化を目的として「マイナーリーグFA」の導入提案も検討しているという。

 激流を眺めて文句を言うのではない。選手会は現役選手の意見を集め、顧問弁護士とともに案を出し合い、球界がより豊かになるために「制度」という新しい川の流れをつくろうとしているのだ。

 再編騒動では古田敦也会長が、WBC不参加決議では新井会長が体を張って球界を守った。12年シーズン、新井会長は打撃成績を大きく落とした。試合直前までNPBとの交渉に時間を使った影響もあっただろう。

 球界再編騒動の最中、選手に寄り添う発言をした広島の松田オーナーは阪神を自由契約になった新井をチームに呼び戻した。そして、来季からは指揮も執ることになった。あの戦う選手会長が監督になるのだ。広島には球界の「はんらん」を治めた信玄たちがいる。そう思えばやっぱり応援したくなる。(専門委員)

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2022年11月30日のニュース