ヤクルト・村上、王に並んだ日本選手最多55号!「記録破っちゃえ」激励受けた「野村さんに報告したい」

[ 2022年9月14日 05:30 ]

セ・リーグ   ヤクルト7―9巨人 ( 2022年9月13日    神宮 )

<ヤ・巨>9回、村上55号3ランを放つ村上(撮影・光山 貴大)
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 プロ5年目、22歳の若きスラッガーが「世界の王」と肩を並べた。ヤクルトの村上宗隆内野手(22)が13日、巨人戦の9回にこの日2本目となる55号を放ち、1964年に王貞治(巨人)がマークした日本選手最多記録に58年ぶりに並んだ。22歳7カ月での達成は、王の24歳4カ月を上回る最年少。1試合複数本塁打は今季12度目で、プロ野球の年間最多記録を更新した。

 左中間へ舞い上がる高い弾道。確信したように見つめていた村上が、ゆっくりと歩き出した。5点差をつけられて敗色濃厚だった9回2死一、二塁。それでも席を立たずに待っていたファンの期待に応えた。総立ちのスタンドに吸い込まれた55号3ラン。ダイヤモンドを駆ける背番号55に、大きな拍手が降り注いだ。

 「ばっちりでした。しっかり芯で捉えていたので入ると思った。本当に凄く光栄。僕だけではできなかった。丈夫な体に産んでくれた両親、支えてくれる周りの人に感謝したい」

 王手をかけて迎えた最終回、巨人の守護神・大勢の外角直球を真芯で捉えた。22歳の若き主砲が本拠・神宮で、王が24歳でマークした記録に並んだ。「最近は感覚的に良くなかったが、自分の中でどうしたらいいか、今日の1本目で吹っ切れた気がした。自信を持って打席に立つことができた」。4試合ぶりの一発がきっかけになった。1―3の4回、菅野から右翼席上段に54号ソロ。この打席まで、通算42打席で37打数8安打、打率・216で本塁打なし。巨人のエースからの初めての一発で巨人OBである王の記録に迫り、一気に捉えた。プロ野球新のシーズン12度目の1試合マルチ本塁打という新たな記録で並ぶのも、村上らしかった。

 入団1年目、18年の春季キャンプ。野村克也元監督に「王の記録なんか破っちゃえ」と激励され4年半で実現した。「両親が先に出てはくるが、野村克也さんには王さんの記録に並び、破れと言われていたので。野村さんに報告したい」。入団時に思いを込められた背番号と同じ55本塁打には「(入団時は)全くイメージしていなかった。背番号の数だけ打てたことはうれしい」と話した。

 17年にドラフト1位指名された後、巨人で強打の捕手として活躍した阿部(現コーチ)の知人から、一枚の写真が送られてきた。阿部が獲得したさまざまなトロフィーがずらりと並んだ写真。「こういうふうにならなあかんぞ」。18歳の少年は当時、思い描けなかったような高い目標。5年目にして、誰よりも高い領域へと上り続けている。

 チームは敗れ優勝マジックは「11」のまま。だが、61発ペースとして、シーズン最多60号という目標も視界に捉えた。「次は56本目を打ちたい。次へ、次へとホームランを打てるように頑張りたい」。まずは次の1本だ。(青森 正宣)

 ◆村上 宗隆(むらかみ・むねたか)2000年(平12)2月2日生まれ、熊本県出身の22歳。九州学院では1年夏に4番として甲子園に出場し、高校通算52本塁打。17年ドラフト1位でヤクルトに入団。プロ入り後に捕手から内野手に転向した。19年は36本塁打で高卒2年目以内シーズンでは53年の西鉄・中西太に並ぶ最多本塁打で新人王。日本一となった昨年はセ・リーグ最年少でMVPを獲得。100、150本塁打の最年少記録を樹立。1メートル88、97キロ。右投げ左打ち。

 ≪バレ超え期待61発ペース≫村上(ヤ)のシーズン55本塁打は13年バレンティン(ヤ)の60本塁打に次ぐ歴代2位タイで、64年王貞治(巨)に58年ぶりに並ぶ日本選手のシーズン最多本塁打になった。また、前記の王と01年ローズ(近鉄)に並ぶ左打者のシーズン最多本数にもなった。チーム128試合目での55号はバレンティンの122試合に次ぐ速さ。50号から9試合後の55号はバレンティンの11試合を抜く最速ペースで最終61号まで届く計算になる。

 ≪日本新12度目マルチ弾≫ゲーム2本塁打以上は7月31日阪神戦の3本塁打を含め今季12度目。85年バース(神)、落合博満(ロ)、13年バレンティンの11度を抜く日本新記録になった。シーズン132打点は13、18年バレンティンの131を上回る球団新記録。また球界全体では50年小鶴誠(松竹)の161を筆頭に歴代13位タイで、左打者最多となる85年バースの134には残り2だ。先発4番で55本塁打は、13年バレンティンの58本に次ぎ、02年カブレラ(西)に並ぶ2位で日本人最多。

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2022年9月14日のニュース