×

【内田雅也の追球】「間接の努力」と「幸運」 報われた熊谷と中野

[ 2022年6月27日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神6ー5中日 ( 2022年6月26日    甲子園 )

<神・中>ヒーローインタビューで笑顔を見せる中野(左)と熊谷(代表撮影)
Photo By 代表撮影

 夕日とカクテル光線に照らされてか、お立ち台に立った熊谷敬宥と中野拓夢はまぶしかった。

 努力と、そして運について書こうと思う。

 延長11回裏2死二、三塁で右中間突破のサヨナラ打を放った熊谷は「まさか僕が打つとは思っていなかったでしょう」と胸を張った。控え選手の晴れ舞台だ。8回裏に代走で出て、回ってきた2度目の打席だった。

 <自己満足かもしれませんが>と、大リーグ時代、控え選手として過ごした田口壮(現オリックス外野守備走塁コーチ)が著書『脇役力<ワキヂカラ>』(PHP新書)で書いている。<「チームが勝てたのは俺のおかげだ」と思っていなければ、ぼくたち脇役は、正直なところやっていられません>。

 陰の力ではなく、光輝くヒーローとなったこの日ぐらい、胸を張っていい。シーズンオフに菊池涼介(広島)に弟子入りし自主トレを積んだ。自分を変えようと懸命だった。キャンプ中の1日キャプテンが着用するシャツには「打倒 糸原健斗」と書き込んだ。ほとばしる情熱を推して知る。

 努力は報われるのだ。幸田露伴の『努力論』によると、努力には<直接の努力>と<間接の努力>の2種類がある。直接の努力とは目の前のことを精いっぱいやること。間接の努力とは、要するに準備である。日々の姿勢と言える。

 幸運と不運の交錯する試合だった。4回表は詰まった飛球が遊撃後方に落ち、当たり損ないがフェアになり、5回表は強い浜風で凡飛が犠飛になった。不運である。

 だが嘆いてはいけない。伊集院静が、その名も『不運と思うな。』(講談社)で松井秀喜や武豊が重傷を負っても「不運」と口にしない姿勢をたたえている。<それは己を不運と考えた瞬間から、生きる力が停滞するからではなかろうか>。

 そうすれば、幸運が訪れ、努力は報われる。8回裏は捕手前で高く弾む安打があった。中野の2点打は詰まっていたが三遊間の真ん中を抜けた。相手外野陣が前進守備を敷くなか、弱い当たりだから、二塁走者も生還できた。速球に振幅を小さくした中野の工夫(つまり努力)が生きたのだ。

 夏の青空に浜風、満員観衆、そして努力。実に甲子園らしい一戦だった。=敬称略=(編集委員)

続きを表示

「始球式」特集記事

「落合博満」特集記事

2022年6月27日のニュース