斉藤惇コミッショナー「スポーツと音楽は、人間にとって食事と同じく必要」

[ 2022年3月22日 05:30 ]

インタビューに答える斉藤コミッショナー(撮影・久冨木 修)         
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 ついに、球場を満員のファンが埋め尽くす。「まん延防止等重点措置」が22日に全面解除となり、プロ野球は3年ぶりに入場制限なしで開幕する。新型コロナウイルスの脅威により一昨年春から自粛ムードが高まる中、斉藤惇コミッショナー(82)はJリーグと共闘し、苦境を打破してきた。スポーツ観戦は人間らしい生活に絶対必要と訴えるプロ野球のトップがスポニチ本紙のインタビューに応じ、2年間の足跡を振り返った。 (構成・伊藤 幸男)

 斉藤コミッショナーには信念があった。20年春、見えない敵が急拡大したが、歩みは止めなかった(注1)。

 「スポーツと音楽は、人間にとって食事と同じく必要なんです。喜びが社会の窒息感をリリース(解放)する。だから野球だけじゃなくて、スポーツ興行を全くやらない考えはないんじゃないか、とね。できるだけお客さんを集めて試合をやりたい。そのためには我々で資料を集めようとなった」

 同年4月7日、政府が7都府県に緊急事態宣言を発令し、大規模イベントの無観客開催を要請しても、冷静に対処した。

 「このままなら球団はつぶれるし、選手たちは食っていけない。環境が良くなったら(有観客で)やらせてください、とね(注2)。一番おびえたのはお客さんがワーッと患者になってしまうこと。当時はワクチンもなかったけど、まず治験データを、となった」

 かつてビジネス界を引っ張ってきた経験を武器に、参考にしたのは諸外国の感染防止対策と、先人の知恵だった(注3)。

 「英国や米国は観念的に決めるのではなく、試行錯誤しながらやってみる。まずかったら直す。それを繰り返していくうちに、いい道を見つけていく。それと、菊池寛とか何人かの作家の、インフルエンザに関する絶版を取り寄せて読んだ」

 Jリーグと合同で設置した「新型コロナウイルス対策連絡会議」は今年の3月7日で50回目を迎えた。

 「最初の対面形式からオンラインへ。でもオープンにすることでバスケットボール協会やラグビー協会、スポーツ庁まで参加してくれて本当に良かった。私も勉強になったし、周りがよく協力してくれた」

 開幕前には12球団の新外国人選手の来日も実現させた(注4)。

 「学びながら交渉しながら、押したり引いたりですよ。政府も我々も絶対的な回答はない。試行錯誤でやるしかない」

 開幕は19年以来3年ぶりに、入場制限なしで迎えることになる。その裏には地道な努力があった(注5)。

 「コロナゼロにこだわれば経済は止まってしまうし、国民の不満もたまる。だからワクチンにも頼って検査もしてマスクもして、野球見ようぜ、となるんです」

 ウイルスの猛威を見せつけられながら、スポーツ界の英知を結集してきたからこそ、光明が見え始めた現状にも気を引き締めた。

 ◇斉藤 惇(さいとう・あつし)1939年(昭14)10月18日生まれ、熊本県出身の82歳。慶大卒。63年野村証券に入社。副社長、産業再生機構社長、東京証券取引所社長などを経て、13年1月~15年6月に日本取引所グループ最高経営責任者(CEO)を務めた。17年7月、プロ野球のコミッショナー顧問に就任し、同11月からコミッショナーを務める。

 ▽注1 2月中旬に「ダイヤモンド・プリンセス号」でクラスターが発生。感染爆発をいち早く予見した斉藤コミッショナーは、巨人・山口寿一オーナーから感染症の専門家・賀来満夫氏を紹介され、半月後にはJリーグと共同で第1回「新型コロナウイルス対策連絡会議」を開催した。

 ▽注2 コロナ禍1年目は約3カ月遅れの6月19日に開幕。当初の無観客から上限5000人とし、9月には50%までこぎつけた。

 ▽注3 米投資会社が主催する感染症の著名な学者との討論会にオンラインで参加。その一方で1世紀前に流行したスペイン風邪の体験を基に菊池寛が記した小説などを読んだ。

 ▽注4 昨年、外国人選手合流の遅れによるチーム低迷や、家族が来日できず閉塞感に陥った例を繰り返さないため。2月16日にJリーグ・村井満チェアマンと岸田文雄首相に直談判し、事態が動いた。

 ▽注5 球場でクラスターを発生させず、ファンにプロ野球を安心して堪能してもらうために作成した日本野球機構のガイドラインは、当初の140ページから180ページを超え、現在も同事務局が修正・改良を重ねている。

 ≪WBC 栗山監督の手腕に期待≫斉藤コミッショナーは来春に開催予定のWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)の意義にも言及した。「米国の超一流選手が出場する本当の世界一決定戦。日本は久しく優勝してないけど、ぜひ栗山さんに勝ってほしい」と侍ジャパンの栗山英樹監督に期待。さらに、「栗山さんだから、意外な人が出てくるかも。別に何の約束もしてないし、勝手にこちらが思っているだけなんだけどね」と話した。

 ≪NFTなど新ビジネスモデルも≫入場制限で大幅な収益減に直面した野球界だが、新たなビジネスモデルを構築しつつある。「データ関係ですね。データは大変な商品価値を生み出す」と斉藤コミッショナー。パ・リーグ6球団とDeNAはNFT(非代替性トークン)事業に参入した。電子証明書となるNFTは投機目的の利用もあり世界で取引高を急拡大しており、デジタルトレーディングカードなどの開拓が望める。NPBは野球ゲームなどを用いたeスポーツ事業も展開。「ゲームに興味を持つ新たなファンも増えている。どのくらいの収益を生み出すか」と期待した。

 ≪エクスパンション構想時期尚早≫コロナ禍以前に折に触れて話題になったエクスパンション(球団拡張)構想については、斉藤コミッショナーは時期尚早との見解を示す。「まずは12球団のどの球団も3万5000人以上(観客を)集めることが先です。米国は30球団あるけど、4万人以上の集客は6球団ぐらいあるかな。日本は阪神と巨人だけ」。19年の12球団総観客動員は2650万人を超えたが、まずは現在の球団数で観客を増やす必要性を訴えた。

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