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【内田雅也の追球】野球を楽しみ、逆境にもくじけない心 子供たちのお手本になるために

[ 2022年1月23日 08:00 ]

ハンク・アーロン夫妻から756号の本塁打世界新記録を祝福される巨人・王貞治(1977年9月18日、後楽園球場)
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 アメリカ南部ではかつて黒人の公共施設への立ち入りが制限する法律があった。20世紀半ば、南部を車で旅するアフリカ系アメリカ人用にガイドブックがあった。作者の名前をとった緑色の表紙で『黒人ドライバーのためのグリーンブック』という。黒人が利用できるモーテル、レストラン、ガソリンスタンドなどが案内されている。

 映画『グリーンブック』のタイトルはこのガイドによる。1962年、ジャマイカ系アメリカ人のピアニスト、ドン・シャーリーがイタリア系アメリカ人の運転手のトニー・ヴァレロンガと深南部を演奏旅行した実話に基づいている。

 日没後の黒人の外出は違法として取り調べられた際、侮辱的な振る舞いにトニーは警官を殴ってしまう。留置場でドンが諭すように言う。「暴力では何も勝ち取れない。威厳を持ち続けることだけが勝つための方法だ」

 大リーグ「カラーバリアー」(人種の壁)を破ったジャッキー・ロビンソンを思う。47年、ドジャースGMブランチ・リッキーは「白人に辱められても闘うのを我慢できるだけのガッツを持っている黒人選手」として登用したのだった。

 さらにまた、ハンク・アーロンを思う。この日は一周忌だった。昨年1月22日、86歳で逝った。

 「ニグロ・リーグ」の出身。74年、ベーブ・ルースの通算714本塁打を破る際、しつこい嫌がらせや脅迫を受けた。<公民権運動の中で、彼は静かに戦い続け、アフリカ系アメリカ人の子どもたちのお手本になった>と、40年近く親交があった米紙ミルウォーキー・ジャーナル・センチネルの記者、トム・ホードリコートが本紙に寄せた追悼文で書いていた。

 静かな、そして激しい闘士だった。アーロンは著書『ホームラン・バイブル』(ベースボール・マガジン社)で<怒ること>として<私もいろいろなことでいらだつことがある。ただ、他の人とは違う反応をする>と書いている。物を蹴り、ヘルメットを投げるのではなく<考えることにしている>。人生にも通じており、自身の子どもにも「座って、よく考えなさい」と言うそうだ。

 困難にぶち当たったとき、どう立ち向かうか。取材を続ける阪神を思う。野球を楽しみ、逆境にもくじけない。静かで激しい心をくみ取りたい。監督・矢野燿大が目指すのも「子どもたちのお手本」である。 =敬称略=
 (編集委員)

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