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【内田雅也の追球】日本球界に根づき広がる社会貢献活動 「クレメンテ賞」から伝わる選手の人間愛

[ 2022年1月21日 08:00 ]

「日本ロベルト・クレメンテ賞」創設を訴えた1998年5月26日付のスポニチ本紙(大阪本社発行版)
Photo By スポニチ

 色あせた感熱記録紙を見返すと、1998年4月28日とある。作家・佐山和夫さん(85)からのファクスで、プロ野球に「日本ロベルト・クレメンテ賞」創設を呼びかける趣意書だった。

 大リーグのロベルト・クレメンテ賞にならい、社会貢献や慈善活動で顕著な功績を残し、人間愛にあふれた選手に贈る。

 クレメンテはパイレーツで通算3000安打の大選手。故郷プエルトリコに帰っていた72年12月23日に起きたニカラグア大地震で救援活動を続けた。食料、医薬品、衣料品など救援物資を送り、ラジオなどで支援を呼びかけた。大みそか、物資を積んだチャーター機で現地に向かったが、エンジン故障でカリブ海に墜落、帰らぬ人となった。

 翌73年、大リーグ機構は71年創設のコミッショナー賞をロベルト・クレメンテ賞と改めた。

 佐山さんは85年、取材を通じて妻・ヴェラさんと知り合い「ご主人の遺志を継ぎ、日本にも同じ賞をつくります」と約束した。功績は86年刊行の『ヒーローの打球はどこへ飛んだか』(TBSブリタニカ)で紹介した。

 ファクスには<もう10年以上たちました。しかし、約束は残ります>とあった。赤瀬川隼(作家)、西田善夫(NHKアナウンサー)、衣笠祥雄(評論家)各氏ら10人の発起人グループができていた。<これまで1人でしたが、ラインアップも強者を集めましたので何らかの打点を挙げられるのではと思います>。

 紙面で援護しようと川島広守コミッショナーの自宅に押しかけ「野球界にとって素晴らしいことだ。よく検討して表彰を考えてみたい」と聞き出した。98年5月26日付5面で<日本にもクレメンテ賞を><川島コミッショナー、前向き検討を約束>とやった。

 社として主催や後援をとかけ合ったが、若造のデスクに力はない。賞は99年「ゴールデンスピリット賞」という名で実現した。ライバル社主催などさまつなことだ。佐山さんとともに喜んだ。

 20日、東京で第22回受賞の阪神・矢野燿大監督の表彰式があった。筋ジストロフィー患者・児童養護施設の子どもたちを応援する「39矢野基金」を設立。継続的な取り組みが評価された。

 後に日本で慈善活動の先がけとなった若林忠志の功績を連載し、本になると、2011年、阪神に若林忠志賞ができた。
 球界に人間愛が根づき広がる。何とも、うれしく思っている。(編集委員)

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