水島新司さんの野球漫画から成功より尊い努力の価値を学んだ

[ 2022年1月20日 13:25 ]

水島新司さん
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 【君島圭介のスポーツと人間】ボクシングを8年続けた。資質も胆力もないのにどうしてやめなかったかといえば、「日日スポーツ」の山井英司という記者から受けた影響のせいだ。

 山井は水島新司さんの名作「野球狂の詩」に登場する野球記者だ。憧れたのは剛速球で打者をきりきり舞いにする藤村甲子園や中西球道、スーパープレーで魅了する真田一球、そして明訓高校の面々なのだが、山井が主人公として登場した回が胸に刺さった。

 山井は名門高校野球部に入部するが一度も公式戦に出場していない。同期で同じ三塁に国立玉一郎という超高校級スラッガーがいたからだ。3年間ユニホームをもらえず、真っ白い練習着でそれでもひたむきに努力を続けた山井は、やがて国立が主砲を務める東京メッツの担当記者になり、あるとき不振に苦しむ国立に「信じろよ」と助言し、見事に復活させる。

 その過去の努力を知ったことでさえない風体のイチ記者でありながら、歌舞伎役者の家系に生まれた生粋のスターである国立に「タメ口」をきく山井が本当に格好良く見えた。誰もが国立になれるわけではない。でも、山井にはなれる。水島さんはそう教えてくれた。

 山井と同じ記者になり、これまで頂点を極めたアスリートに何人も接してきた。彼らに共通するのは「謙虚さ」だ。自らが置き去りにし、敗者にしてきたライバルたちに対する敬意を忘れない。逆に言えば、それを持たないアスリートを一流とは呼びたくもない。

 「努力をしても報われない奴はいる。間違いなくいる。ただ成功した奴は必ず努力している」

 プロレスラー・長州力の言葉だ。一流の人間がなぜ「謙虚」なのかといえば、この努力こそが最も難しく、成功は結果でしかないことを知るからだ。努力という過酷な道を一緒に歩み、それでも報われなかった同士を見下せるはずがない。

 国立もまた、歯を食いしばって白いユニホームを泥だらけにしていた高校時代の山井を知っているから、素直に耳を傾けたのだ。

 ボクシングを続けて何か成功を収めたわけではない。だが、相手が資質や胆力の点で比べようもない一流ボクサーでも、鼻血を出してダウンを喫した私自身の体験を話すと顔がぱっと明るくなる。その瞬間がたまらないのだ。(専門委員)

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2022年1月20日のニュース