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【内田雅也の追球】品位欠いたヤジの応酬…先人が築いた「フエヤア・プレイ」を思い返したい

[ 2022年1月20日 08:00 ]

セ・リーグ優勝の祝勝会であいさつする松竹・田村駒治郎会長(1950年11月)=『松竹ロビンス優勝記念アルバム』より=

 プロ野球はフェアネス(公正)を追い求め、不正と闘ってきた歴史がある。野球賭博や八百長の排除に苦労した時代があった。サイン盗みが横行した時代もあった。

 今の日本野球機構(NPB)に連なる日本職業野球連盟(NPBL)誕生は1936(昭和11)年2月5日だ。東京・丸の内の日本工業倶楽部で設立総会が開かれた。この時、3項目の綱領を発表している。農民党の綱領を基に起草された。

 なかに<我連盟ハ「フエヤア・プレイ」ノ精神ヲ遵守シ模範的試合ノ挙行ヲ期ス>とある。「フエヤア・プレイ」はむろんフェアプレーのことだ。<当時プロ野球に参入した人たちは理想家肌の人が多かった>と当時、大東京の球団常務、後の連盟会長・鈴木龍二が『鈴木龍二回顧録』(ベースボール・マガジン社)で振り返っている。

 綱領は戦時色が強まるなか、40年に改定され、敵性語「フエヤア・プレイ」は消えた。だが理事(球団代表者)たちは<闊達敢闘協同団結ノ理念>と書き換え、正々堂々の精神は守り抜いた。

 古い野球史を持ち出したのは、19日のプロ野球監督会議で「フェア」が話題となったからだ。コミッショナー・斎藤惇が言い争いやヤジ合戦の見苦しさを戒め「夢、希望、活力を与える」という「NPBの使命」に言及した。昨年7月6日のヤクルト―阪神戦(神宮)でのサイン盗み事案、ヤジの応酬を指している。

 阪神がサイン盗みをしていたなどとは思っていない。ただし、その後の言い争いは品位を欠いていた。フェアネスとはかけ離れた言動や光景がテレビでも中継された。

 野球協約の第3条<目的>を思い返したい。<わが国の野球を不朽の国技として社会の文化的公共財とするよう努め――>とある。球界再編騒動を受けての改定で2009年から一時期消えていた名文だが、16年から復活している。

 野球協約は51年、松竹オーナー・田村駒治郎が渡米した際に持ち帰った大リーグ協約「ブルーブック」を基にパ・リーグ会長・福島慎太郎、外交官・平沢和重らが起草した。コミッショナーを務めた下田武三が<戦後の疲弊した時代の中から雄大な目的を掲げていた>と『プロ野球回想録』(ベースボール・マガジン社)で語っている。

 先人が築いた<国技><文化的公共財>の精神を思い返したい。 =敬称略= (編集委員)

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