佑引退試合 07年日米大学野球監督・河原井氏、現地で観戦「苦しんだな。だから引退決断したんだ」

[ 2021年10月17日 19:15 ]

パ・リーグ   日本ハム―オリックス ( 2021年10月17日    札幌D )

<日・オ>観戦する前青学大監督の河原井正雄氏(撮影・高橋茂夫)
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 日本ハム・斎藤佑樹投手(33)の引退試合を青学大前監督の河原井正雄氏(67)が札幌ドームで見守った。同氏は斎藤が早大1年時に出場した07年の日米大学野球、2年時に出場した世界大学選手権で日本代表監督を務めた。群馬県出身同士で現在も「ハンカチ」と直接呼べる間柄だからこそ、苦しんだ11年間を思いやった。

 たった1人の打者に全力で投げていた。でも球速は130キロ以下。米国のメジャー予備軍相手に投げていた大学代表時代とは比較にならない。だから引退を決断したんだろうな。日本ハム時代はあまり見ていなかったけど、苦労したのは分かる。ハンカチの引退試合を見に札幌へ来たけど、それを確認できたことは良かった。

 初めて話したのは07年日米大学野球の練習会。周囲は気を使ったけど、オレだけ「ハンカチ」と手招きして群馬弁で話した。誰も内容は分からなかったけど。アイツの兄はオレと同じ桐生OBで知っていたから、親しみはあった。「なんで群馬(の高校)ではなく早実なんだ」とジョーク交じりに聞いたら、困っていたな。

 ただ高校であれだけ騒がれたから、守らにゃいかんと必死だった。日米野球で米国へ出発する成田空港ではファンに囲まれバスを降りられないから別ルートで飛行機に搭乗した。現地でも100人以上の報道陣に囲まれ、球場も超満員。だけど度胸はあった。1年生でも軸に回したら、米国開催19回目にして日本が初めて優勝した。

 08年チェコの世界大学選手権でも一緒に戦った。エース格として準決勝・韓国戦で完投勝利。54歳の誕生日だったオレに日付入りのウイニングボールを渡してくれた。あれから13年か…。

 ハンカチ君、お疲れさま。 

 ◆河原井 正雄(かわらい・まさお)1954年(昭29)7月26日生まれ、群馬県桐生市出身の67歳。桐生高ではエースとして72年北関東大会準決勝進出も足利工に敗退。青学大進学後は1年春リーグ首位打者に。社会人・本田技研(現Honda)でプレー後、87年青学大監督に就任。2014年に退任し一度は復帰したが、18年10月に退任した。小久保裕紀(ソフトバンクヘッドコーチ)、井口資仁(ロッテ監督)、ヤクルト・石川雅規投手、オリックス・吉田正尚外野手、同・杉本裕太郎外野手らを育て計4度の大学日本一に輝いた。

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