【内田雅也の追球】心で見れば…球児のような闘志 自力V消滅で苦悩の阪神 「いい顔」で終われるか

[ 2021年10月9日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神1-4ヤクルト ( 2021年10月8日    神宮 )

<ヤ・神21>ヤクルトにマジック点灯を許し、足早に引き揚げる矢野監督(左)(撮影・北條 貴史)
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 阪神監督・矢野燿大の表情から笑顔が消えたのはいつからだろう。代名詞だったガッツポーズはとうにない。

 そんなことを思ったのは、相手ヤクルト監督・高津臣吾の派手なポーズを見たからだ。1回裏、本塁クロスプレーのリプレー検証がセーフと判定された際、手でベンチをたたき、何ごとか叫んでいた。この回安打を放った青木宣親は一塁上で体を揺らして踊っていた。

 あれは、かつての阪神の監督や選手の姿ではなかったか。チームの現状、勢いがそのまま表情や態度に出ていた。

 「わたしは苦悩の表情が好き」とエミリー・ディキンソンは言った。「なぜなら、それが真実の表情だから」

 米国人なら誰でも知る19世紀の女性詩人で、大リーグの野球記者たちはよく引用する。矢野や阪神の選手たちの表情は「真実」を映しだしているのだろうか。

 天王山とにらんでいた直接対決に敗れた。優勝へは3連勝が必要と乗り込んだ神宮で初戦を落とした。自力優勝の可能性は消え、相手にはマジックナンバーがともった。

 眠れないのだろう。矢野の目は赤く、顔色も暗く映った。敗戦後、グラウンド内をバスまで歩む足取りは重かった。

 ただ『星の王子さま』に繰り返し出てくる名言に「いちばんたいせつなことは目に見えない」とある。「心で見なくちゃいけない」わけだ。

 目を凝らし、心で見れば「負けたら終わり」の明日なき高校球児のような闘志が見えた。

 1回裏、近本光司―糸原健斗―梅野隆太郎の中継プレーはよどみなかった。3回表にはそれまで皆4球以内で打ち取られていたなか、梅野はファウル5本で9球粘った。4回表の大山悠輔反撃ソロは体をぶつけるように振っていた。7回表2死満塁で代打三振した糸井嘉男はに目がつり上がっていた。9回表2死、糸原は最後の打者になるものかと安打した……。

 まだ終わりではない。何が起きるかわからない。野球場では時に奇跡も起きる。苦悩は続くだろうが、最後の最後まで戦い抜かねばならない。

 重松清の短編小説『4時間17分目のセカンドサーブ』=『鉄のライオン』(光文社文庫)所収=は1982年のウィンブルドン男子決勝を描いている。主人公が経営する会社が倒産した失意の友人を訪ねると、学生時代に行われた、その試合のビデオテープを見ようと勧められる。長時間の激闘だった。

 優勝したジミー・コナーズはむろん<いい笑顔>だ。それよりも敗れたジョン・マッケンローの<いまにも泣きだしそうな表情>を「いい顔してるよ」と共感する。

 苦しくても、泣きたくても「いい顔」はある。矢野も選手もそんな顔でありたい。 =敬称略= (編集委員)

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