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西武・岸 元「消えた天才」7号!24歳“苦労人”流れ引き戻す3ラン

[ 2021年8月23日 05:30 ]

パ・リーグ   西武10―3オリックス ( 2021年8月22日    京セラD )

<オ・西>3回2死二、三塁、3点本塁打を放つ岸(撮影・後藤 正志)
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 かつて「消えた天才」と呼ばれた男。西武・岸が、後輩の奮闘に負けじと輝いた。4―2で迎えた3回2死二、三塁。増井のフォークをすくい上げると、左翼ポール際への7号3ランとなった。

 「打った瞬間はファウルになるかなと思ったのですが、打球が切れなくて良かった」

 オリックス戦6連敗中で、前日にはリーグ最速で自力優勝の可能性が消滅。この日敗れれば、早くも同カードの負け越しが決まる危機だった。カード初戦の20日には山本に6号ソロを浴びせた24歳。価値ある一振りで、2点差に迫られていた流れを引き戻した。

 甲子園の第1試合。母校の明徳義塾が、ノースアジア大明桜の157キロ右腕、風間を攻略した。宿舎を出る前にテレビ観戦して目に焼き付け「いい投手を相手に、このような試合をすることができて凄い」と力に変えた。

 自身は甲子園に4度出場。2年夏に山岡(現オリックス)を擁する瀬戸内、3年夏には岡本和(現巨人)が中軸の智弁学園を倒すなど投打二刀流で輝いた。しかし、拓大時代の2年夏に右肘じん帯再建術(トミー・ジョン手術)を受け、「完全に気持ちが切れていました」。3年秋に名将・馬淵史郎監督に電話で退学を報告。「野球を続けてほしい」と慰留されたが「それ以上に自分の気持ちが勝っていた」という。

 「何をしたい、とかもなく、どうにかなるやろ。もう野球をやることはない」――。目標を見失った息子の姿を見かねた母が、関係者を頼り、強引に四国ILの面接を受けさせた。当時は「何で勝手に話を進めているんだ」と憤ったが、徳島で復活を果たし「今があるのはそのおかげ」と感謝でいっぱいだ。

 「僕が3年生の時(2回戦敗退)よりも上にいっていますし、ここからも一戦必勝でやっていってほしい」とエール。当時のユニホーム以外、記念品の行方は分からない。過去は振り返らず、前だけを見据えてバットを振る。(花里 雄太)

 ◇岸 潤一郎(きし・じゅんいちろう)1996年(平8)12月8日生まれ、兵庫県尼崎市出身の24歳。明徳義塾時代は13年春を除く4度、甲子園に出場。拓大は3年秋に中退して18年に四国IL・徳島入り。野手に転向した。19年ドラフトで、支配下選手では全12球団で最後の指名となる8巡目で西武に入団。1メートル74、82キロ。右投げ右打ち。

 ▽岸と甲子園 4度出場し右翼手と投手で活躍。投手としては10試合に登板して88イニングを投げ6勝3敗、防御率2・56。打者では39打数11安打(打率・282)、1本塁打、5打点。最高成績は1年夏(12年)の4強で、準決勝で藤浪(現阪神)、森(現西武)らを擁する大阪桐蔭に0―4で敗れた。

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