【内田雅也の追球】野村克也の言う「ふさわしさ」を求めて 2死から7連続単打に見た阪神の心

[ 2021年6月30日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神5-3ヤクルト ( 2021年6月29日    甲子園 )

<神・ヤ(10)>2回2死一、三塁、佐藤輝の中前適時打にガッツポーズの矢野監督(中央)(撮影・北條 貴史)
Photo By スポニチ

 甲子園の監督室には「野球に学び、野球を楽しむ」と野村克也の書が掲げられている。矢野燿大が3年前、阪神監督就任後にあいさつに出向いた際、揮毫(きごう)してもらった。

 その「恩師」の追悼試合だった。矢野はあらためて書の意味を考えたことだろう。以前に語っていた。「野球も苦しいこと、嫌なことの方が多く、人生と似ている。野球に学ぶことは多い。だからこそ、楽しむことに挑戦していきたい」

 阪神監督時代、選手に配布した指南書『ノムラの考へ』も人生論、人間教育から始まっていた。

 ならば、2回裏2死無走者からの、すべて単打の7連打は教訓に満ちている。「あと1人」となってもあきらめない。一人で決めようとせず、後続につなごうとする協同の姿勢。野球の美点が見えるような攻撃だった。

 2死無走者で打席に立った梅野隆太郎の形相を見ただろうか。あれは9番までつなぎ、3回裏は1番からの好打順にしよう、などという生やさしい顔ではなかった。だから続く投手の青柳晃洋も懸命に初球から打ちに出て、ゴロが三遊間を抜けたのだ。

 以下、タイムリーが5本続いた。大リーグでは「2死後打点」(2 out rbi)として価値が高く、特記される。

 その5人が「前の打者がつないでくれたので」「後ろの打者につなごうとして」と見事に口をそろえていた。試合中にメール配信される球団広報談話だが、選手たちの本音だとみている。心のつながりが見えるような攻撃だった。

 最初の打点、同点打の近本光司も、ジェフリー・マルテ、ジェリー・サンズ、佐藤輝明のクリーンアップトリオも、いずれも追い込まれてからの変化球に食らいついたものだった。

 直前のDeNA戦は打線低調で最下位チームに3連敗を喫した。4番を入れ替えた打線もまだ低調で2回以外は無得点だった。長打も1本も出ていない。だからこそ、必死に単打を連ねた攻撃が尊く、光っている。

 野村は「優勝は強いか弱いかより“ふさわしい”かどうかで決まることが多い」と語っていた。その条件を<各自が自分の役割を認識し、責任を全うする>と著書『あぁ、阪神タイガース』(角川書店)に記した。

 不調時でも凡打でも打者は疾走し、打たれた投手はバックアップに疾走する。矢野が進める凡事徹底は、野村の言う小事が大事に通じている。

 著書『野村克也 野球論集成』(徳間書店)には<勝つことは仕事であり、人生のほんの一部でしかない>と記した。<「結果がすべて」「勝つことでファンに恩返し」などという監督、選手、球団が多い。間違いではないが一面的でしかない。球界がこうした思考を持ち続けてきたために、どれだけ多くの「野球バカ」をつくってきたことか>。

 全く同感で感じ入る。ただ勝つためだけにやる野球はむなしく、味気ない。矢野も日本一を目標とする一方、目指すのは「誰かを喜ばせる」と高い目的を掲げている。野村の言う「人間は、世のため、人のために生きている」に通じている。

 つまり、猛虎たちはいま「ふさわしさ」を身につけようとしていた。 =敬称略= (編集委員)

続きを表示

2021年6月30日のニュース