【内田雅也の追球】「狙い」に向かう矜持 相手が狙うシュートを打たれた阪神のエース・西勇輝

[ 2021年3月31日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神0ー1広島 ( 2021年3月30日    マツダ )

<広・神>6回1死二塁、菊池涼に先制適時打を打たれた西勇)(撮影・大森 寛明)
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 阪神・西勇輝の得意球はシュートである。投手板の最も一塁寄りを踏み、左足を随分とアウトステップに踏み出すため、相当な角度がつく。特に右打者の内角に切れ込む球筋は独特だ。

 相手の広島打線は立ち上がりから、このシュートを狙っていたようだ。プロ同士である。素直に狙いや作戦面を明かすことはないだろうが、結果が物語っている。

 7回まで80球を投げたうち、シュートは31球(約39%)あった。ボールとなった9球を除き、ストライクのシュートを見送ったのはわずか2球だけだった。右打者も左打者も皆、シュートを打ちにきていたのだ。

 結果はどうだったか。5回まで打者のべ17人中9人がシュートを打ち、3安打。ただし、初回先頭の田中広輔左前打こそ快打だが、菊池涼介は三塁前のボテボテ内野安打、ケビン・クロンはバットを折っての左前ポテン打と実際は打ち取っており、抑え込んでいた。

 展開は0―0の投手戦で1点勝負だった。難所の中盤。失点した6回裏に浴びた2本の安打は、いずれも右打者へのシュートだった。

 先頭の代打アレハンドロ・メヒアにバットを折りながら左前に運ばれた。送りバントの後、菊池に詰まりながら左翼線に落とされた。ともに内角へ切れ込んだが高かったか。いや、コースは厳しく、高めでも打ち取れるだけの切れ味があるのが西のシュートなのだ。

 それより、狙われているのを承知のうえで、その得意球で挑んだ姿勢にプロの矜持(きょうじ)をみたい。たとえ打たれようと、村山実はフォークを、江夏豊は速球を……と得意球で向かっていったエースの姿である。

 シュートという言葉は日本語だ。大リーグでは主にツーシームと呼ばれる。右打者内角に切れ込む球は昔からあった。

 日本では1957年に発行されたアル・カンパニスの『ドジャースの戦法』(ベースボール・マガジン社)には次のようにある。

 <右投手の球が右打者の手もとに食いこんでくるのを、選手たちは「球にしっぽがついている」という>。訳者で、コミッショナーも務めた内村祐之が<注>として<日本ではシュートといっている>と説明している。

 当時、大リーグにはシュートについて適当な言葉がなかったのだろう。

 だが今では「シュート」という言葉は大リーグでも通用する。現ロッテ投手コーチの吉井理人が「僕が広めた」と話していた。1998年のメッツから5年間で大リーグ3球団を渡り歩いた。

 2002年、エクスポズのキャンプ(フロリダ州ジュピター)でトニー・アーマスが捕手に「シュート」と伝えて投げていたのを見た。吉井が「ガリガリ」と呼んでいた細身の右腕で、シュートを伝授していた投手である。同年アーマスは自己最多12勝をあげている。またメッツ時代にはニューヨーク・タイムズのコラムニストが記事に「shuuto」とローマ字書きで書いていた。

 その吉井が著書『投手論』(PHP新書)で<投手に求められるのは傲慢(ごうまん)とも受け取られかねないほどの攻撃的な姿勢>と書いている。打線の援護なく、2年目の投手との投げ合いに敗れ、敗戦投手となった西は悔しいだろうが、胸を張りたい。

 恐らく次の対戦でもまた、シュートで攻めるのだろう。それでいい。それがプロ、それでこそエースである。=敬称略=(編集委員) 

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