70年ぶりの近畿勢初戦激突も――センバツ注目の「フリー抽選」

[ 2021年2月11日 16:21 ]

選抜大会での近畿勢初戦対戦
Photo By スポニチ

 【内田雅也の広角追球】今春の第93回選抜高校野球大会(3月19日開幕・甲子園球場)の組み合わせ抽選(今月23日)の方法が発表となった。新型コロナウイルスの感染防止のため、出場32校の主将をオンラインでつないで実施する。

 注目すべきは同一地区でも1回戦から対戦する可能性がある「フリー抽選」方式を採用したことだ。例年、近畿、関東・東京……など同一地区の出場校は準々決勝まで対戦しないよう、事前に振り分けていた。

 今回は開会式も全32校そろって行わず、初日出場の6校だけで行う。抽選方法も簡素化した格好だ。

 フリー抽選で同一地区が初戦で対戦する可能性が高いのは21世紀枠を含め7校が出場する近畿だろう。昨秋の近畿大会で決勝を戦った智弁学園(奈良)、大阪桐蔭や注目の剛腕・小園健太を擁する市和歌山がいきなり激突する可能性がある。

 調べてみると、過去、選抜大会で近畿勢同士の初戦対戦は18度あった(一方が初戦不戦勝のケースは除く)。一覧を別掲した。今回、対戦することになれば、第23回大会(1951年)1回戦(開幕試合)の扇町商(現扇町総合=大阪)―新宮(和歌山)戦以来、実に70年ぶりとなる。

 この1951年は大会史上初めてフリー抽選で組み合わせを決めた。このため、他にも前年秋の東海大会で対戦していた中京商(現中京大中京=愛知)と長良(岐阜)が顔を合わせ、中京商が秋の雪辱を果たしている。

 選抜の組み合わせ方式を振り返ってみると、大会創設当初から同一地区の対戦を避けてきた歴史がある。

 主催の毎日新聞社が1968年4月に発行した『選抜高校野球40年史』によると、第1回大会(1924年、名古屋・山本球場)は毎日新聞名古屋支局で、甲子園球場に舞台を移した第2回大会(1925年)は大阪毎日新聞3階大会議室で抽選が行われている。出場校も8校、12校と少なく、フリー抽選だった。

 第3回大会(1926年)には<同士打ちは大会の効果と興味を薄くする>と、東西2組に分ける新機軸を打ち出している。ただ、出場校は西日本に偏っており、東組に和歌山中(現桐蔭)、市岡中(大阪)、八尾中と近畿勢が混じっている。このため初戦で市岡中―甲陽中(現甲陽学院=兵庫)と大会史上初めて近畿勢の初戦対決が現出している。このような組分けはその後も続いた。

 第4回大会(1927年)は大正天皇崩御の国喪に服すため、出場校を8校に縮小して開催。応援は拍手と小旗を振る以外は禁止する「自粛大会」だった。<抽選の先着順で行われた>とある。
 第5回大会(1928年)には東西対抗形式に戻り、以後も組分けを工夫しながら継続された。また、出場校は不戦勝も含めた初戦(1、2回戦)から準決勝まで毎回抽選する形式だった。

 当初からトーナメントのヤグラを組み上げる形式を採ったのは戦後、第22回大会(1950)年だった。その後、毎回抽選に戻り、第33回大会(1961年)以降は最初の抽選で決勝までヤグラを組み上げるようになった。

 先に記したように、東西対抗や組分けをなくしたフリー抽選が行われたのは第23回大会(1951年)だった。

 第25回大会(1953年)からは地区に応じての組分けが定着した。

 第69回大会(1997年)からは同一地区は準々決勝まで対戦しないようにする「8分割方式」を採用していた。

 組み合わせ抽選会で司会を担当する毎日放送(MBS)アナウンサーの森本栄浩さんは自身のブログで<主催者は「よりセンバツらしく、甲子園でしか実現しないカード」を提供すべく、思案に思案を重ねた賜物が現在の抽選方法である>と記していた。

 フリー抽選は、夏の選手権大会で2007年から採用している(2校出場の北海道や東京は初戦対戦を回避)。

 同地区の同士打ちを避けてきた選抜大会では70年ぶりとなる。近畿勢同士に限らず、前年秋の地区大会の再戦もあるかもしれない。また新たなドラマが生まれる可能性もある。

 なお、今大会も同一県アベック出場の宮城(仙台育英、柴田)、兵庫(神戸国際大付、東播磨)、奈良(智弁学園、天理)は決勝まで対戦しないよう振り分けられる。(編集委員)

 ◆内田 雅也(うちた・まさや) 1963(昭和38)年2月、和歌山市生まれ。桐蔭(和歌山)―慶大卒。1985年入社。高校野球、近鉄、阪神担当を経て、野球デスク、ニューヨーク支局(大リーグ担当)、2003年編集委員(現職)。2007年から主に阪神を追うコラム『内田雅也の追球』を執筆。

続きを表示

この記事のフォト

2021年2月11日のニュース