【内田雅也の追球】「唯一球」の哲学

[ 2021年2月7日 08:00 ]

<阪神宜野座キャンプ>シートノックで捕球し損ねる三塁守備の糸原(撮影・坂田 高浩)
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 小中学生のころ、『ドカベン』『あぶさん』など水島新司の漫画を欠かさずに読んだ。学んだ野球知識は数知れない。

 『野球狂の詩』で東京・小金井市にある東京メッツの選手寮の食堂が出てくる。壁に「唯一球」と書が掛かっていた。

 ベテラン投手・岩田鉄五郎が「唯一球か……」とつぶやく。「ふかい意味をもった言葉じゃ……。わしら野球人のすべてを語っとるで」

 一球が勝敗を左右するのが野球である。

 それを野村克也は「一」の哲学だと説いた。『野村克也 野球論集成』(徳間書店)で<「一」の価値観を置き去りにして、当たり前のことを当たり前にできるはずがない>と書いた。一回。先頭打者。初球。ファーストストライク。ワンアウト。第1打席。先取点。守備や走塁での第一歩……と例をあげ<「一」が結果を左右するといっても過言ではない>。

 そんな唯一球にいかに集中力を発揮できるかが問われている。練習ではグラウンド上に何十、何百とボールがあるが、試合ではたった1球だけなのだ。この1球を突き詰めていく必要がある。

 第2クールに入った阪神キャンプはシートノックで「1球限定」の練習を行った。スケジュールには「all1本」と書かれていた。

 何本もノックを打つのではなく、本番同様に1本だけである。失敗して「もう一丁」はない。そんな一本勝負である。

 選手たちは集中力を高めて臨んだはずだが、それでも打球を弾いたり、送球がそれたり……とミスがあった。禁じていた「もう一丁」もあった。

 「1球オンリーシートノックを初めて試したんだけど」と監督・矢野燿大は少し浮かぬ表情だった。コーチ会議で聞くと「あんまり内容は良くなかった」と報告を受けた。「試合では2球ないんでね。そういう意識を高めるところでやった」

 もちろん、練習でミスをそのままにせず、やり直しさせるのも大切だ。1球しかない緊迫状況で行うのも大切である。量と質を両立させたい。

 矢野は「やったことに意味はあったと思う」と今後も行う方針でいる。

 「1日キャプテン」に指名されたドラフト1位の新人・佐藤輝明(近大)が朝の声出しで「一を大事にしましょう」と言ったそうだ。初球や一歩目の重要性もあげた。「唯一球」の哲学を深め、広めれば結果もついてくる。 =敬称略= (編集委員)

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2021年2月7日のニュース