【藤川球児物語(20)】清原との因縁対決で圧巻の三振斬り

[ 2020年12月2日 10:00 ]

05年6月25日、甲子園の巨人戦で藤川は清原を空振り三振に斬る

 「チン○コ」発言が大きく取り上げられた4月21日の東京ドームの対戦から、2カ月後。再戦のときはやってきた。パ・リーグとの交流戦をはさみ、久しぶりの伝統の一戦だった。

 6月25日の甲子園。5―5の同点の場面で、藤川球児は7回から登板した。イニングまたぎで、8回1死無走者で清原和博が打席に入った。どよめきがスタンドを包む。因縁をファンも知っていた。口元に笑みをうかべながら、番長はお手並み拝見とばかりにバットを構えた。
 
 「あの発言は自分へのアドバイスだと思って刺激になった。自信を持ってストレートで勝負できる投手にならなければ、と思った」と藤川は2カ月を過ごしていた。事件前は9試合、13回1/3で14奪三振だった投球が、発言を境に、34回1/3で51奪三振と、ペースは明らかに上がった。磨きがかかった。
 
 カウント2―2からの7球目、この日最速の149キロが外角低めに決まって空振り三振。ストレート勝負で決着をつけた。「素晴らしいストレートやった。完敗です」と清原が認めた。球速には表れないスピンと軌道。これこそが火の玉だった。
 
 今年の甲子園での引退試合で清原はビジョンを通して、メッセージを伝えた。「バットを振って、ボールが上を通っていくのは初めての経験だった。完敗でした。粉骨砕身、いつ壊れてもいいというほど腕を振っていた」。これに、藤川もスピーチで応えた。「あなたがいなければ今の僕は存在しません。僕をここまで育ててくれたのは清原さんとの対戦、そして存在です」――。
 
 因縁の再戦の日は6月25日だった。59年(昭34)、同じ日に後楽園で行われたのが天覧試合だった。ルーキー村山実から長嶋茂雄がサヨナラ本塁打を放った一戦。打倒・巨人に向けて多くの先輩たちが死闘を繰り広げた歴史に、藤川も加わった。そして歴史と誇りを背負って投げ続けていくことになる。=敬称略=

続きを表示

「大谷翔平」特集記事

「始球式」特集記事

2020年12月2日のニュース