どんな選手も名字で呼んだ木内流愛情「名前は親のもんだ。だからオレが使っちゃならねえ」

[ 2020年11月25日 05:30 ]

木内幸男氏死去

03年、好投手の東北・ダルビッシュを攻略し、夏の甲子園初優勝を飾り胴上げされる常総学院・木内監督
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 【悼む】まさかこんな突然に訃報を聞くとは思わなかった。8年前、本紙の連載「我が道」に登場していただくためお願いに上がった。「しょうがなかっぺ。何を聞きたいの?」。二つ返事で了承してもらい、それから週1回のペースで茨城県取手市の自宅にお邪魔した。

 昼すぎ。「今日は何を聞きたいの?」と始まって、毎回5時間余り。茨城弁で話しだしたら止まらない。途中で話が横道にそれるのはいつものこと。日が落ちるころ「そんで何の話だったっけ?いっつも横道にそれちまうから」。でも、横道にそれた話が面白くて時がたつのを忘れた。

 少年時代にはじまり母校・土浦一、取手二、常総学院の監督時代。その全てを克明に記憶していた。そして「木内マジック」の本質を「子供のことをよく知ること。知れば子供たちがどうしたいか分かる」と言っていた。選手を観察し、能力を引き出し、巧みに乗せる。そんな木内氏がかたくなに守ってきたことがある。選手を決して名前で呼ばなかった。「名前は親のもんだ。だからオレが使っちゃならねえ」。どんなに大事に育てた選手も名字で呼んだ。それが木内流の愛情だった。

 監督時代、きょうだいの結婚式にも出ないで試合に行った。「子供たちの将来を預かってるんだから仕方なかっぺ」。野球を愛し、子供たちを愛し、指導に人生をささげた。会うと最後はいつも「思い残すことはなかっぺ。いつ死んでもいいんだ」と笑っていた。その言葉通りの大往生。木内さんらしいなと思う。だけど、まだまだ話を聞きたかった。残念でならない。ご冥福をお祈りします。(専門委員・秋村 誠人)

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