【内田雅也の追球】「窒息」の「霧」を晴らせ 4番の役目果たした大山 好機凡退の敵は自分

[ 2020年10月6日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神6―1巨人 ( 2020年10月5日    甲子園 )

1回2死三塁、四球を選ぶ大山                       
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 以前も書いた話だがもう一度書いてみたい。

 戦争中。深夜、部隊は山中から海岸に出たい。あたりに霧が出ていた。偵察隊が目を凝らすが何も見えない。行くか、退くか。隊長は決断を迫られる。

 <見えないからといって、そこに存在しないということにはならない。霧を甘く見るな。霧は思っているより濃いかもしれないのだ>。

 セイバーメトリクスにつながる野球の統計的分析の元祖、ビル・ジェームズが書いた『野球抄』の冒頭部分だ。アメリカ野球学会(SABR)誌に2004年に掲載された。タイトルは『霧を甘く見るな』とあった。

 この霧の中でジェームズは特にクラッチ・ヒッティング、大事な場面で打てる勝負強い打撃について<果たして存在するのか>と分析の難しさを書いている。勝負強さは時によって、よく変動するからである。データ分析の霧だったわけだ。

 阪神はこの好機での打撃に悩んでいた。前日は再三の好機を逃し、押し出し四球の1点だけで適時打は皆無。実に13残塁の拙攻で敗れていた。

 クラッチの反対はチョークという。息や物が詰まった時に使う言葉で、いわば窒息打線である。

 この夜も1回裏1死三塁で糸井嘉男が三振、4回裏無死三塁でも高山俊が三振に倒れた。いずれも相手二遊間は引いて深く守っていた。1点OKの守備体形だが、打球を前に転がすこともできなかった。ともに、低めボール球変化球を振っての空振り三振だった。

 今回の巨人4連戦が始まるまで、巨人戦での得点圏成績は、糸井も高山も無安打の打率・000だった。本人も周囲も、そして場内のファンも「またか……」との空気があって、影響していただろうか。

 そんな嫌な空気を晴らしたのが大山悠輔が5回裏に放った勝ち越し2ランである。この一撃で詰まっていた息が吹き返したようだ。6、7回裏も適時打が出た。

 <また、失敗するのではないかと考えてしまうと、プレッシャーとなってチョーキングを引き起こしてしまう>と、心理学者マイク・スタドラーの『一球の心理学』(ダイヤモンド社)にある。それがチーム全体にまん延する。誰かが霧を晴らさないといけない。その役目を8月19日以来の4番に座った大山がやってみせたのだ。

 実は、大山の好調さは1回裏の打席で見えていた。2死三塁の先制機。相手バッテリーは半ば勝負を避けての四球だった。打ちたい場面だが、大山はミットにおさまるまでボールを見たうえ、静かにバットを置き、平然と一塁に向かったのだ。

 自制心か。不動心か。どうやら、窒息を呼ぶ霧は自らの心の中にあるようである。=敬称略=(編集委員)

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2020年10月6日のニュース