【内田雅也の追球】「幸運」引き寄せた好守 阪神「奇跡」に必要な、予期せぬことへの備え

[ 2020年9月4日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神4-3ヤクルト ( 2020年9月3日    甲子園 )

<神・ヤ(15)> 6回1死一、三塁、塩見のゴロをさばき二塁に送球する木浪(撮影・大森 寛明)
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 野球は何でも起きる。予期していない、とんでもないことが起きる。

 阪神は7回表2死二、三塁から41歳のベテラン能見篤史でも強襲ゴロを弾いたボールをつかめずに勝ち越し点を与えた。あわてたのだろう。ボールが手につかなかった。

 その裏、同じ2死二、三塁で今度は相手投手スコット・マクガフが無人の一塁へけん制球を放った。1球前に一塁走者・陽川尚将が二盗していたが一、三塁のつもりでいたのだろう。ボールは右翼ファウル地域を転々とした。

 余談だが、99歳になる野球記者、ロジャー・エンジェルは<野球にはどんなことも起こりうるが、最も突拍子もないアクシデントは最も弱いチームに起こるのが、ほとんど原則といってもいい>と書いている。

 この珍プレーで、ボークに加え、悪送球で2者生還、幸運な逆転となった。

 「幸運は準備の残滓(ざんし=残りかす)に過ぎない」だと言ったのは大リーグの名フロントマンだったブランチ・リッキーである。ジャッキー・ロビンソンを登用し大リーグ人種の壁を破るなど革新的なアイデアマンだった。細菌学者ルイ・パスツールの「幸運はよく準備された実験室を好む」を思わせる。

 ならば、阪神が得た幸運も備えの点で優れていたからだろう。

 確かに好守があった。

 2―2同点の6回表、1死一、三塁で打者は塩見泰隆だった。塩見には4回表、同じ一、三塁でボテボテ二ゴロを転がされ、4―6―3の併殺崩れで失点している。

 今度の打球は遊撃へ、またも弱く転がった。前に出て処理した遊撃手・木浪聖也は二塁送球。二塁手・小幡竜平は素早い転送で併殺を完成させ、無失点でしのいだ。好判断も含めた好守だった。

 同じように1回表1死一塁の高いバウンドの三ゴロで大山悠輔が二塁送球して封殺。ピンチを未然に防ぐ好判断だった。

 もう一つ。併殺を奪えずに残った4回表2死一塁で、アルシデス・エスコバーに右中間二塁打を浴びた。一塁走者・坂口智隆の本塁突入を9―4―2の好中継で刺した。小幡の素早く正確な送球が光っていた。2年目19歳の二塁手は守備面で立派に貢献している。

 いずれも余計な失点を防ぐ、幸運を引き寄せる真摯(しんし)で美しいプレーだった。

 阪神はきょう4日から首位巨人と直接対決4連戦を控える。7・5ゲームの大差が開いた1・2位対決で、実際に逆転するには「奇跡」と呼ばれるほどの快進撃が必要となってくる。

 この日、訃報が伝わった大リーグ通算311勝投手、トム・シーバーは1969年「ミラクル・メッツ」の主役だった。同年25勝をあげて最多勝投手となり、「お荷物球団」と呼ばれたメッツを初優勝に導いた。

 ある日、モントリオールでの試合が雨天中止となり空路ニューヨークに戻った。空港から夜、独りでシェイスタジアムに向かい、駐車場の照明でネット投球を行うなど逸話に事欠かない。

 元選手で作家となったパット・ジョーダンは「彼は野球を人生そのものと思っている」と語っている。『野球のメンタルトレーニング』(大修館書店)にあった。「野球こそすべてだと思えるなら、それに没頭しなくてどうして成功できるだろうか。こうした徹底した態度を貫いたのがシーバーだった」

 先日書いたように、野球を人生に投影する藤川球児の生き方を見るようである。その藤川は今季限りでの引退を表明しながら、打倒巨人への燃えたぎる闘争心を示している。いまの選手たちには奇跡を思う阪神に必要な姿勢かもしれない。

 先に書いたロジャー・エンジェルは『球場(スタジアム)へ行こう』(東京書籍)で球団運営の理論を確立させたシド・スリフトの言葉を書いている。

 「どんなことが起こるのか、知る者はいない。だれでも、確かなことはわからない。(中略)必ずわれわれにとって未知なるものが待ち構えている。そいつがベースボールのだいご味なんだ」
 阪神はこれから、この「だいご味」に挑む。準備だけは整え「未知なるもの」へ挑み、さあ、奇跡を起こそうではないか。=敬称略=(編集委員)

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2020年9月4日のニュース