【内田雅也の追球】「魂の円熟」を待ちたい――またも逆転負けの「不惑」阪神・藤川球児

[ 2020年7月12日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神2―4DeNA ( 2020年7月11日    甲子園 )

9回、ソトに2ランを浴び、うつむく藤川
Photo By スポニチ

 幕引きという意味のクローザーは、それまで演じられてきた舞台の最後を美しく飾ることが宿命づけられている。

 この夜の阪神で言えば、先発のエース・西勇輝の踏ん張り、ピンチリリーフだった岩崎優の好投、苦しみながら1点リードを保ったロベルト・スアレス……と、つないできた思いを一身に受けての登板である。

 長年その役目を務めてきた藤川球児には釈迦(しゃか)に説法だが、相当な重圧だったのは言うまでもない。

 <強い意志がなければ抑えは務まらない>と、通算206勝193セーブの江夏豊が『エースの資格』(PHP新書)で書いている。<抑えが出ていく局面は(中略)苦しい瞬間ばかり。だから(中略)神経がおかしくなるのか、麻痺(まひ)してしまうのか、考え方そのものもちょっと変わってきます>。だから<神経がふつうではない>というわけだ。

 この夜、藤川は打たれた。1死から四球、安打に失策が絡んで同点を許し、勝ち越し決勝の2ランを浴びた。

 マウンド上、大粒の汗を浮かべ、首を左右に振る藤川には痛ましい辛さがにじみ出ていた。

 ただ、打たれるべくして打たれたというのが現実だろう。球速だけでなく、回転数や回転軸の角度など今の速球は「火の玉ストレート」のそれではない。今季は開幕から5試合目の登板で4試合で失点。敗戦投手も2度目だ。

 今月21日、あと9日で40歳となる「不惑」の藤川には、年齢との闘いという現実もあるだろう。

 彼は長く携わってきた野球を思慮深く人生に投影できる選手である。だからこそ、アメリカの野球記者、トマス・ボスウェルが書いた『人生はワールドシリーズ』(東京書籍)の文章を知ってもらいたい。

 <年を重ねた選手だけが、プレイしているグラウンドが魂を円熟させる場所に変わることを実感できる>と、ベテラン選手に思いを寄せている。なぜ<円熟させる場所>なのか。それは<傷つき、欠点と不安を抱えた選手だけがわれわれにとっては注目に値する人々に思えてくるのだ>。

 この<魂が円熟する場所>は、イギリスのロマン主義の詩人、ジョン・キーツがある手紙に書いた「憂き世(浮世)」を言い換えた言葉だそうだ。辛いことや失敗ばかりが多い現実の生活、つまりは「人生」という意味である。

 西の勝利投手も、チームの5連勝も、救援陣のホールドも帳消しにしてしまった藤川の胸の痛みは察して余りある。「申し訳ない」気持ちだろう。

 ただ、先の書で江夏は1985(昭和60)年、自身がブルワーズのキャンプに参加して大リーグ挑戦した際、クローザーのローリー・フィンガースに聞いた話を書いている。<「調整法は自分独自でやるんだ」と言っていた。「チームの一員」という考えはないんです。「俺がチームを引っ張ってやる」という考え方なんですね>。それぐらい<強い意志>がないと務まらない役目なのだ。

 ならば、周囲もその立場を分かって見守りたい。ファンには無念だが、チームとしては、この試合は彼に“与えた”と考えたい。そして、必ずや再調整して復活する日を待ちたいと思う。「魂の円熟」を待ちたい。=敬称略=(編集委員)

続きを表示

「大谷翔平」特集記事

「始球式」特集記事

2020年7月12日のニュース