【独占手記】ヤクルト・高津監督 初勝利!恩師・ノムさんに「報告したい」

[ 2020年6月21日 06:22 ]

セ・リーグ   ヤクルト6―2中日 ( 2020年6月20日    神宮 )

ウイニングボールを手に笑顔で初勝利ポーズの高津監督
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 ヤクルトの高津臣吾新監督(51)が20日の中日戦で初白星を手にし、本紙に独占手記を寄せた。初回に、攻撃的2番に指名した山田哲人内野手(27)の中越え2号2ラン、4番として育てる覚悟を決めている村上宗隆内野手(20)の右中間1号ソロでリードし、継投も決まっての快勝だった。開幕2戦目でウイニングボールを手にした指揮官は、2月11日に84歳で死去した恩師の野村克也氏の野球を継承することを誓った。 

 シーズン最初の勝利というのはいつもホッとするけど、1軍の監督としては初勝利ということで、みんな喜んでくれた。ウイニングボールは早速、監督室に飾った。17年に2軍監督になって練習試合で初めて勝った時のボールと2個並べて。開幕戦も手応えは感じていたし、選手がよく頑張ってくれて、素直にうれしい。

 1軍監督1年目は、約3カ月遅れの開幕。今回の自粛期間をあえてプラスに考えるなら、家にいる時間が長かったことで、昨年の試合映像をじっくり見直すことができた。朝からずっと、何試合も。やっぱり、テレビを見ていても、食事していても、頭のどこかでは野球のことを考えていたと思う。自分は現役時代から、いいイメージを持って試合に臨むタイプではなく、どちらかと言えば、ネガティブ思考で、いろいろなことが気になってしまう。監督になってからは、ローテーションだったり、打順だったり。これで合っているのかなとか、いつも自問自答している。

 「監督・高津臣吾」としての初勝利は、野村克也監督に報告したいと思う。昨年12月、監督就任のあいさつをするために自宅にお邪魔させてもらった。「おまえが監督か?ほかにおらんのか?」といつものように愛のあるぼやきで祝福されたが、その後は「気楽にやりなさい。最下位のチームをやるのは面白いぞ。やるしかないんだから、好きなようにやりなさい」とアドバイスを頂いた。現役時代、「好きなようにやりなさい」なんて言われたことはなかった。でも、それが監督と選手の違いなんだろう。

 「野村ノート」は、いつでも見返せるように、家のダイニングに置いてある。もう外に持ち出せないくらいボロボロ。困った時だけでなく、何もない時でも、ふとノートを開いたりする。どんな言葉にも意味があって、奥が深い。まだ監督としては未熟なので、もっと野村監督にはいろいろ教わりたかった。

 球場に入る時は、空元気でもいいから明るく振る舞うことを心掛けている。バカな話もするし、笑う時は笑う。この先、チームがしんどいこともあると思うけど、自分がしんどい顔をしていたら、チームに影響が出る。これは続けていきたい。

 今年は特別なシーズンになる。チームとしては、昨年できなかったことを、積極的にやっていきたい。時にはミスするかもしれないけど、ミスを恐れてはいけない。とにかくチームを変えたい。少しでも野村監督に近づくと言ったら失礼で、鼻で笑われるかもしれないけど、習った「野村野球」をしっかり継承していきたい。応援のほど、よろしくお願いします。(東京ヤクルトスワローズ監督)

 ◆高津 臣吾(たかつ・しんご)1968年(昭43)11月25日生まれ、広島県出身の51歳。広島工から亜大に進み、90年ドラフト3位でヤクルト入団。04年にメジャーに移籍し、ホワイトソックスとメッツに在籍。日本では最優秀救援投手に4度輝き、通算286セーブは歴代2位。メジャーでも通算27セーブ。その後、韓国、台湾でもプレー。BCリーグの新潟で12年に現役引退。14年からヤクルトで1軍投手コーチを務め、17~19年は2軍監督。

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