【タテジマへの道】岩貞祐太編<上>消えた背中のエースナンバー
スポニチ阪神担当は長年、その秋にドラフト指名されたルーキーたちの生い立ちを振り返る新人連載を執筆してきた。今、甲子園で躍動する若虎たちは、どのような道を歩んでタテジマに袖を通したのか。新型コロナウイルス感染拡大の影響で自宅で過ごす時間が増えたファンへ向けてスポニチ虎報では、過去に掲載した数々の連載を「タテジマへの道」と題して復刻配信。第9回は13年ドラフトで1位指名された岩貞祐太編を2日連続で配信する。
産声は上がらなかった。1991年9月5日、午前3時54分。熊本県熊本市で岩貞祐太はこの世に生を受けた。母・多恵子さん(48)が「頭が大きかったのか、全然オギャーと言わなかったんですよ」と振り返るように、出産直後は仮死状態。幸い大事には至らず、保育器いっぱいに入った3360グラムの“ビッグベビー”は周囲の母親たちの笑いを誘った。
祐太と野球の出合いは“必然”だった。多恵子さんはプロ野球だけでなく、メジャーリーグ中継にも食らいつく大の野球好き。Jリーグ全盛の中、サッカー中継はほとんど見せられず、テレビのチャンネルは毎日、全国中継の巨人戦だった。
水泳を始めたのも「ケガも少ないですし、野球をする上での体力も付く」と話す多恵子さんの計画通り。物心ついた時にはミズノ社の革製グラブ、プラスチック製のバットを手にし、時間と場所さえあれば、どこかで白球を追っていた。
小学2年で転校する際は多恵子さんが新聞の試合結果を見て強豪チームを探し、その校区に新居を構える徹底ぶり。入部対象となる4年生になると、満を持して若葉小学校野球部の門を叩いた。
野球部監督で5、6年時に担任だった津田英樹さん(50)が「休み時間になると他のクラスの女子が祐太を見に来ていた」と明かすほどの人気者も、野球になればキャラは一変。試合当日はチームメートと乗り合わせてグラウンドに行くのを嫌い「一人で集中したい」と“ゾーン”に入っていた。
しかし、思うような結果はなかなか出なかった。「どうすれば打てるのか考えました。だけど良い成績を残せず色々な大会が終わりました。本当にこのまま終わったら悔いが残る」。卒業作文に記したように、猛練習に励んだ。自宅の庭にネットを設置し毎夜、バットを振り込んだ。努力は実り、小学生最後の大会(6年生の10月)での決勝進出に貢献した。
即戦力左腕としてプロ野球界に足を踏み入れようとしている祐太も、若葉小5年時には、投手としていきなり挫折を味わった。初先発のマウンドに上がったものの、先頭打者から4連続四球を与えるなど制球が定まらず、無念の降板。「もう二度とやらない!」と“決別”を宣言していた。
それでも「長身で左利き」は周囲になかなかいない。東野中の野球部にでも、外野手兼投手の“二刀流プレーヤー”として、チームの中心的存在になっていく。当時の監督だった瑞穂達也さん(46)も素質にほれ込んでいた。「今では、いろんな球種を投げていますが、当時は直球とカーブで勝負するまさに左の本格派という感じでね。練習も熱心にしますし、野球勘、センスが本当に素晴らしいと感じていました」
マウンドでは主戦投手、野手でも3、5番を任される主軸として輝きを放っていた祐太。突然のアクシデントが襲ったのは3年の春だった。中学最後の公式戦、中体連軟式大会を3カ月後に控えた試合で、右翼へ強烈な長打性の当たりを放った直後、その場に倒れ込んでしまった。足をひきずり、一塁へ到達するのがやっとの痛々しい姿。その後、普通に歩行し帰宅したが、翌日に痛みがぶり返し、母・多恵子さんと病院へと向かった。
診察室から出て来た祐太は車イスに乗っていた。右足の腰付近の腱をつなぐ骨盤がはがれる「骨盤はく離骨折」。医師からは「君がまだ今後、スポーツをしたいなら手術を受けたほうがいい」と通告された。全治予定は夏頃とされ、手術すれば中体連は諦めなければいけない。祐太は悩んだ末に「試合は諦めて、手術する」と決断した。
手術後、病室のベッドで多恵子さんに思いを告げた。「大学まで野球をやっていいかな?」。このまま野球をやめることだけはしたくなかった。しかし、ここから祐太は驚異の回復を見せる。
予定より1週間も早く退院すると、すぐに全力で走れるまでになり、中体連に間に合わせたのだ。背番号は14人の3年生の中で最も大きい番号の「14」。右足にはボルトが入ったままで、まさに滑り込み。投手でも、外野でもなく、患部に負担の少ない一塁手での出場で、チームも上位進出できなかったが、悔いなく中学生活を終えた。
祐太の野球人生のバトンを引き継ぐかのように、その試合をスタンドから見守っていたのが必由館高の西田尚巳監督(48)だった。
オリックス・馬原、ソフトバンク・山中とプロ選手を教え子に持つ必由館・西田尚巳監督(48)は「まさか岩貞がプロに行くなんて当時は全く思ってもいなかった。考えられない。馬原は体さえ鍛えれば何も言うことはなかった。体の大きかった山中は技術。でも岩貞はその両方でした」と振り返る。
左腕ということもあり、入学当初から期待を寄せていた西田監督の構想はいきなり崩れた。高校初ブルペンはまさに“大荒れ”。1球目はなんと隣の捕手にボールが飛んでいき、2球目はブルペンの屋根を超えていった。「自分でもどう投げたら、どこに行くかが全く分からなかった」と、祐太はぼう然と立ち尽くした。監督も「小学時代を知る人に聞いてもノーコン、中学時代を知る人に聞いてもノーコンという答えだった。ぶん投げているだけで、体も安定していない。これは厳しいなと」とお手上げ状態だったという。「投手・岩貞」の育成はまさにゼロからのスタートだった。
1年生の間はとにかく体力、体幹強化に時間を割いた。根性だけはあった。腹筋500回、10キロ走3セットなど過酷な練習にも弱音を吐かなかった。「練習がきついのは一瞬だけ。そのとき手を抜いて試合で結果が出なければ、そのきつい一瞬よりもっと長い期間、後悔することになる」。信念はぶれなかった。「何キロ走ったか分からない」と振り返る走り込みの時も「きついのは一瞬だけ」と、念仏をとなえるようにつぶやきながら走っていた。
「言ったことを素直にやってくれる。故障もせず、本当によく頑張ってくれた」と、西田監督も目を細めるストイックぶりだった。
地道に流した汗は裏切らなかった。2年秋には制球が格段に上がったスライダー、カーブの変化球が、持ち味の荒れる直球を生かし、エースとしてチームに欠かせぬ存在となっていった。
しかし、思うようにはいかなかった。3年生になると急降下も早かった。1学年下の田中(現国学院大)が台頭し始めると同時に、スランプに陥った。3年春の県大会3回戦の城北戦で先頭打者から四球を連発しコールド負けした後、母・多恵子さんに弱音を吐いた。
「しばらく見に来ないで。お母さんが見たら悲しくなると思う。良いっていうまで来ないで」
“真相”はすぐに明らかになった。洗濯物を見ると、背番号「18」のユニホームが入っていた。信じたくなかった多恵子さんは「祐太、他の人のユニホーム持って帰ってるよ!」と聞いた。「違う!俺のだよ!」。エースナンバーが祐太の背中から消えた。
(13年10月28、29、30日付掲載)
◆岩貞 祐太(いわさだ・ゆうた)1991年(平3)9月5日、熊本県生まれ。小4で野球を始め、必由館では1年秋からベンチ入りも甲子園出場はなし。横浜商大では2年夏に日米大学野球に出場。2年春と4年秋に最優秀投手賞を獲得するなどリーグ戦通算25勝。最速148キロに鋭く曲がるカットボール、スライダーなどを操る。背番号17。1メートル82、78キロ。左投げ左打ち。
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