“幻のセンバツ”磐城 今春異動の木村監督からナインへ惜別のユニホーム贈呈 沖「夏に最高の恩返し」誓う

[ 2020年3月30日 05:30 ]

メッセージを伝えながらユニホームを手渡す木村監督
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 新型コロナウイルス感染拡大で史上初の中止が決まった「第92回選抜高校野球大会」に46年ぶり3度目の出場予定だった磐城(福島)が29日、ナインに着用予定だったユニホームの贈呈式を行った。今春の人事異動で同校を去る木村保監督(49)が、ベンチ外の1人とマネジャーを含めた20人それぞれにメッセージを送り、夏の活躍を願った。

 温暖ないわき市の春には似つかわしくない大雪。厳粛なムードが漂う体育館に、木村監督の声が響いた。

 「1番、沖政宗」

 昨秋9試合で防御率0・90だった沖(2年)が歩み寄る。指揮官は「秋を越えて頼もしくなったな。まだまだ持っているものがある。他チームのレベルが高い選手を意識しながら精進してください」と言葉を掛けた。沖は涙をこらえ、笑顔で恩師と握手。大切そうにユニホームを胸に抱えた。

 木村監督は今春の人事異動で福島商に転任する。自身は1年前から知っていたが生徒に伝えず、センバツ出場が決まった際に「1回戦に勝ったら伝えよう」と決めた。だが、母校の監督として聖地の土を踏むことはできず、保護者会もあった23日にナインに告白。周囲が涙をこらえる中、沖は号泣したという。

 高校から本格的に投手を始め、何度もケガを乗り越えた沖は「(木村監督は)何度も迷惑を掛けた自分を信じてくれた」と感謝する。恩師の異動には「正直、気持ちの整理がついてない。一緒に出る甲子園で1番をつけたかった」と声を落としたが、下を向いてばかりもいられない。「この別れを、笑って話せるようになるまで失速せずに突き進む。夏に甲子園で格好良い姿を見せるのが最高の恩返しです」と前を向く。

 30日には離任式が行われる。式後、木村監督はコバルトブルーの「磐高魂」が染み込むユニホームを着用し、セレモニーで別れのノックも行う予定だ。センバツ出場はかなわなかったが、この日でけじめはつけた。惜別の春。それぞれが新たなスタートを切る。 (秋元 萌佳)

 《唯一ベンチ外の菅波に特注「19」》○…選手19人のうち、唯一ベンチ外となった菅波陸哉(2年)にも特注した「19」の背番号が貼り付けられたユニホームが手渡された。菅波は「本当なら夏までに成長した姿を見せて、また背番号をもらいたかった」と言葉を詰まらせる。それでも「先生は去ってしまうけれど、チームに貢献している姿を見せられるよう、また一日一日頑張りたい」と前向きに語った。

 《岩間主将が決意「思い背負って」》○…依然として4日から自主練習が続くチーム。岩間涼星主将(2年、写真)は毎日、木村監督と連絡を取り合いながらけん引してきた。大会中止に加えて指揮官の異動と動揺もあったが「これを乗り越えてこその甲子園。先生方の思いを背負ってやっていく責任がある」と語る。ユニホームを手に「切り替えないと夏に出遅れる。夏にもう一度甲子園をつかみ取るんだというきっかけにして、チームが一つになって頑張っていきたい」と前を向いた。

 ◆磐城 1896年(明29)創立された公立校。野球部は1906年(明39)創部で現在部員は20人。夏の甲子園は63年に初出場し、71年には県勢最高成績の準優勝に輝くなど7度出場も過去2度のセンバツは未勝利。学校所在地は福島県いわき市平字高月7番地。

 ☆大会中止までの経緯 日本高野連は2月19日の理事会で選抜大会を予定通り3月19日から開催する方針を確認。だが感染拡大を受け、4日の運営委員会で通常開催を断念し、無観客を前提として準備する方針を決めた。9日にはプロ野球、Jリーグが公式戦の開幕延期を決断し、野球を除く高校スポーツの全国大会も全て中止に。高野連は11日に臨時運営委員会を開き、19日に開幕予定だった大会中止を決定した。

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