【内田雅也の追球】開花の「ピーキング」――今は根を張る時 心動かぬ阪神の0―0

[ 2020年3月26日 08:00 ]

練習試合   阪神0―0DeNA ( 2020年3月25日    横浜 )

横浜スタジアムのある横浜公園で満開に咲いていた1本の桜。ジンダイアケボノという品種だそうだ
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 朝の散歩と昼に球場入りする際、横浜公園で目に留まった1本の桜があった。ほぼ満開に咲いている。ピンク色の花々が快晴の青空に映えて、何とも鮮やかだ。

 似ているのだが、ソメイヨシノ(染井吉野)ではない。近寄るとプレートが立ち、ジンダイアケボノ(神代曙)とある。病気に強く、ソメイヨシノの代替品種として人気なのだそうだ。

 季節は七十二候の「桜始開」(さくらはじめてひらく)に入った。文字通り、桜が開花するころをいう。桜は律儀で正直だ。2月1日以降、日々の平均気温を積算し、一定に達すれば開花するそうだ。400度や600度の法則と呼ばれる。

 同じように、春夏秋……とシーズンを通して季節を感じながら調整をするプロ野球選手も今年は戸惑いの連続だ。コロナウイルス禍で、開幕は延期に次ぐ延期で、目下は4月24日開幕を「目指す」とされている。

 「大変なことになったなあ」と、今月末日で退団する阪神球団顧問・南信男が話していた。退団発表はこの日、球団から配布された4月1日付人事異動一覧に含まれていた。長い付き合いのフロントマンだった。今回は取材ではなく、別件の用で電話した。「本当に4月24日に開幕できるかどうか。世界的な視点で見た時、日本のプロ野球だけが公式戦開催に踏み切れるのかどうか……。難しい問題だよ」。球団在籍が通算25年に及ぶベテランも経験のない難局である。

 先が見えない、目標が見えない状況は選手たちを苦しませている。いつ咲けばいいのか? いつ満開になればいいのか?

 「ピーキング」という言葉がある。辞書には「試合当日に選手が最高の能力を発揮できるように、トレーニング方法を変えていくこと」とある。つまり、ピークの持って行き方である。

 そこには、体調や技術面以上に、精神的な盛り上げ方もある。先の見えない状況ではピーキングが難しいのだ。実際、「モチベーションの問題もある」と漏らすコーチもいる。

 DeNAとの練習試合は0―0の引き分けだった。普通、0―0と言えば、緊迫した、1点を争う好ゲームを思うが、残念ながら凡戦だった。消化試合のようである。

 6回裏無死一、三塁のピンチをしのいでも、7回表無死満塁のチャンスを逃しても、心が動かない。緊迫感がないのだ。
 首脳陣も選手も今はまだ、あのジンダイアケボノのように咲いてはいけない、と心にブレーキをかけているのかもしれない。それも仕方ない状況だと理解する。

 2010年、甲子園大会で春夏連覇を達成した興南高(沖縄)監督の我喜屋優は春センバツ優勝の翌朝、大阪の宿舎近くの公園で選手たちに語りかけた。桜の花が舞っていた。

 「優勝という花を咲かせたのは事実だ。花を咲かせた枝、幹を支えているのは目に見えない根っこだよ。優勝が花ならば普段の生活態度や練習が根っこだ。花はいつか散る。でも根っこがちゃんと育っていればまた美しい花が咲く」

 阪神監督・矢野燿大は評論家時代、我喜屋の著書を読み、対談も行っている。いつか花を咲かせるために、今は何をすべきかも分かっていよう。じっと根を張りたい、辛抱の春である。=敬称略=(編集委員)

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