野村克也さん死去 84歳 「ID野球」でヤクルトを3度の日本一に導いた名将 戦後初の三冠王

[ 2020年2月11日 09:54 ]

野村克也さん
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 元ヤクルト、楽天などの監督で、「ノムさん」の愛称で親しまれた、野村克也(のむら・かつや)さんが亡くなった。84歳だった。京都府出身。

 関係者によると、自宅の風呂場で倒れている野村さんを、家人が発見。11日未明に病院に搬送されたが、帰らぬ人となった。

 1954年、京都・峰山高から南海(現ソフトバンク)に入団。3年目の56年、ハワイ春季キャンプから頭角を現し、翌年30本塁打を放ち本塁打王のタイトルを獲得。以後南海の「4番・捕手」として、球界を代表する選手となった。65年には戦後初の三冠王となり、69年オフに34歳の若さで選手兼任監督に就任。最下位だったチームを2位に押し上げ、73年には前期優勝を果たし、阪急(現オリックス)とのプレーオフに勝ち、日本シリーズに進んだ。

 77年に南海の監督を解任されると、78年にはロッテ、79年からは西武に移籍し現役を続行。「生涯一捕手」として80年に45歳で引退するまで27年間プレーし続けた。通算成績はいずれもプロ野球歴代2位となる3017試合出場、657本塁打、1988打点の記録で、打率2割7分7厘の成績を残した。パ・リーグMVP5回をはじめ、8年連続のリーグ記録を含む本塁打王9回、打点王7回、首位打者1回などを獲得。ベストナイン19回の受賞はプロ野球最多。

 評論家を経て、90年からヤクルトの監督に就任。データ重視の「ID野球」で92年にチームを14年ぶりのリーグ優勝に導き、翌年は日本一。その後、95、97年にも日本一を達成した。

 99年から3年間、阪神の監督を務めた後、社会人野球に転じシダックスで指揮を執ったが、2006年から楽天の監督に4年目の09年に2位となりプレーオフに進出し、ユニホームを脱いだ。

 監督としての通算成績は3024試合で1565勝1563敗76分け。リーグ優勝5回、日本一は3回。

 おしどり夫婦として知られた妻・沙知代さんとは17年12月に死別。大きなショックを受けていた。

 最近では、古巣ヤクルトのOB会総会(1月20日)や、国鉄(現ヤクルト)、巨人で前人未到の通算400勝を達成し、昨年10月6日に86歳で死去した金田正一氏のお別れの会(1月21日)、06年限りで廃部になったシダックス野球部のOB会(1月26日)に出席し、元気が姿を見せていた。

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