これも二刀流

[ 2020年1月26日 08:00 ]

「ウインフィールドのベースボール・バイブル」表紙。著者デーブ・ウインフィールド氏も訳者・前田祐吉氏も殿堂入りを果たした 
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 【我満晴朗 こう見えても新人類】野球殿堂入りが決まった故前田祐吉氏。2度目の慶大監督を務めていた時期にアマチュア野球担当だった縁から、筆者もさまざまな話をうかがった。

 1日2試合が基本の東京六大学リーグでは、第2試合を控える監督がプレスボックスに現れて記者と雑談するケースが多い。内容は時に野球の範囲を超えてしまうものの、各監督の個性が見え隠れして楽しい時間だった。

 そんなある日、確か1992年の春季リーグ中だったか。前田監督が何げなくつぶやいた言葉を聞き、耳がダンボに(古っ)なった。

 「今、ウインフィールドの著作を訳しているんですよ…」

 え?

 ご存じ、MLBヤンキースなどで活躍した強打の外野手だ。2メートル近い長身の、走攻守すべてに秀でるスーパースター。95年引退までのメジャー22年間で・283、465本塁打、223盗塁を記録している。そんな名選手が現役中の1990年に発行した「The Complete Baseball Player」を翻訳しているという。

 目の前で繰り広げられている第1試合そっちのけで「雑談」は熱を帯びた。「どんな内容なんですか?」と好奇心丸出しの質問に「それが、面白いんですよ」と含み笑いで紹介したのが、ウインフィールドの空振りシーンをとらえた1枚の写真だった。

 タイミングが狂わされたのだろう。バットが前方にすっぽ抜けている。

 「その写真説明が“私の積極性の表れである”なんです。なんか言い訳みたいでしょ?」

 失礼を承知で大笑いしてしまった。天下のメジャーリーガーとは思えないエクスキューズではないか。

 件の本は94年にベースボールマガジンから「ウィンフィールドのベースボール・バイブル」のタイトルで発刊された=写真。訳者後書きには「できるだけ原文に忠実に、しかも読みやすい日本語に置き換えることは、私にとって決して楽な仕事ではなかった」とストレートな心境がつづられている。

 当時の定価3200円(税込み)で購入した実物は今も手元にある。監督業と平行して翻訳作業をこなしていた事実に、あらためて驚く。名門リーグの名門大学を率いる身としてオンもオフも多忙な日々を送っていたはずだ。ただでさえ激務を強いられる職場にあって、大量の英文を翻訳するという知的な作業をコツコツと続けていたとは。当時60代前半。その精力的な活動を聞いて、ひたすら感嘆した。

 ちなみにウィンフィールド自身は2001年に殿堂入りを果たしている。著者も訳者もホール・オブ・フェイマーなんて、なんとぜいたくなのだろう。野球はオフシーズンだけど、こんな本を読みながら過ごすのも幸せだ。(専門委員)

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2020年1月26日のニュース