【内田雅也の追球】「愛宕」での「いらち」

[ 2020年1月9日 08:00 ]

阪神のスタッフ合同会議が開かれた会場は「愛宕」の間だった
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 「いらち」は関西弁で「あわて者」「せっかち」といった意味だ。上方落語に『いらちの愛宕詣(まい)り』という噺(はなし)がある。愛宕は京都の愛宕神社である。

 いらちの男が自分の性格を直すのに愛宕神社参詣を勧められる。翌朝、タンスで顔を洗おうとしたり、方角を間違えたり、弁当と思って持って来たのが腰巻きと枕だったり……と落ち着かない。帰った家も隣だった。

 前置きが長くなった。8日夕、阪神の球団フロントと1・2軍の合同スタッフ会議が開かれた会場は、ホテルの「愛宕」の間だった。愛宕神社からとった名称か。「伊勢にゃ七たび、熊野に三度、愛宕さんへは月詣り」と歌われるほど親しまれている神様である。

 阪神も「いらち」ではいけない。今年はドラフト指名した新人は1位から5位までが甲子園出場経験のある高校生だ。じっくり育成する方針で臨まねばならない。この日の会議ではそんな方針を確認する意味合いもあっただろう。スカウト陣から現場の監督・コーチ陣への説明があった。

 一方で新外国人5人を獲得し、外国人は球団史上最多の8人態勢となった。むろん、即戦力の助っ人として期待しての補強である。会議でも新外国人の紹介動画が放映され、渉外担当者から特徴の説明があったようだ。

 若手を育成する間、目の前の勝利もつかんでいこうという思惑だろう。西武球団発足当時、根本陸夫が育成と補強でチームを強化したような手法にも見える。育成と勝利の両立を目指すわけだ。

 もちろん、この「二兎(にと)を追う」姿勢には「一兎をも得ず」というリスクもつきまとう。実際、勝利と育成の比重の置き方は頃合いが難しい。球団と現場との意思統一が必要となる。その点では、合同会議や、後の会食の場で交流を深めることにこそ、意義があったと言えるだろう。

 「いらち」について牧村史陽編『大阪ことば事典』(講談社学術文庫)には<一つのことにおちついていられず、なにかせかせかとつぎの新しいことをやってみたい大阪人の一つの性格である>と解説がある。

 阪神はもともと「大阪タイガース」で発足した。「いらち」は球団やファン気質かもしれない。噺では「落ち着きが肝心」と戒められるが、新味に挑む性格は挑戦者のようで結構ではないか。良き「いらち」ならそれでいい。=敬称略=(編集委員)

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