75年目の「プロ野球が死んだ日」に思う使命

[ 2020年1月5日 15:58 ]

1943年3月、阪急との定期戦に勝ち、BK杯を手にした阪神ナイン。戦闘帽をかぶり、胸に漢字で「阪神」とある=『タイガース30年史』(阪神球団・1964年3月発行)=
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 【内田雅也の広角追球】1月5日は「プロ野球が死んだ日」である。

 1945(昭和20)年1月5日、元日から開かれていたプロ野球関西正月大会最終日だった。

 戦時色が濃くなり、43年からユニホームは国防色、戦闘帽着用が義務づけられた。44年から背番号が廃止となり、日本野球連盟は「日本野球報国会」と名称を変更していた。報国会は44年11月に「一時休止」を発表したが、関西支部4球団は続行を宣言。阪神球団常務・田中義一が関西在住の選手に呼びかけた。出征や戦死が相次ぎ、どの球団も選手不足だったが「猛虎」(阪神、産業)13人と「隼」(阪急、朝日)14人の混成軍2チームをつくり、45年元日からダブルヘッダー4日間(8試合)を甲子園、西宮の2球場で開催した。猛虎は若林忠志(阪神)、隼は坪内道則(朝日)が監督を務めた。

 3日、第1試合の5回裏には警戒警報が発令され、試合は中止となった。このため、日程は1日延びて、5日が最終日となった。

 最終戦は甲子園だった。猛虎は9―2で隼を下し、7勝1敗で大会を終えた。

 大会は非公式で、公式記録はない。新聞記事にもなく、『南海ホークス四十年史』に開催された事実だけ記されていた。

 詳細は当時、大阪帝大付属医学専門部(医専)の学生だった伊藤利清(1926―98年)が全試合、スコアブックに付け、記録していた。

 スコアの存在を知ったノンフィクション作家の鈴木明が雑誌『小説新潮』に発表した『分裂』(後に『プロ野球を変えた男たち』で書籍化)でこの正月大会に触れた。

 鈴木は書いている。<呉(昌征=阪神)が「隼」の八番木暮(英路=阪急)をライト・フライで打ちとったとき、「戦前」のすべてのプロ野球は終わった。この日が日本のプロ野球の、本当に死んだ日であった>。

 2009年、若林の功績をたどる取材の最中、伊藤の妻・多慶子が保管していたスコアブックや日記を見せてもらった。多慶子によると伊藤は「いつまでも永く記録にとどめるため」と、スコアは鉛筆で書いた後、万年筆で清書されていた。使命感もあったろう。当時の野球人の姿勢を後世に伝えようとした情熱に頭が下がる。

 大会後、田中や選手たちは「3月にまた会おう」と再会を約束して別れた。3月14日午後1時、西宮で開催と連絡が回っていた。ところが前日13日深夜から14日未明にかけて、大阪大空襲に見舞われた。もう試合ができる情勢ではなかった。

 阪神球団が1991年3月に発行した『阪神タイガース 昭和のあゆみ』には、この戦中最後の正月大会について、次のように書かれている。

 <緊迫した社会情勢の中でこれだけの試合が行われた点に大きな意味があり、プロ野球の灯を消すまいとした野球人の心意気に頼もしさと逞(たくま)しさを感じる>。

 <ごく一部の有志によって引き継がれてきた野球活動であったにせよ、悪条件に耐えながら、あえて困難に挑んだ選手たちの心意気が、プロ野球の再起を早めたという事実だけは銘記する必要がある>。

 球団発行の正史とあって、抑制の効いた文章が並ぶなか、情緒的な表現が目立つ。恐らく、名古屋新聞から1940(昭和15)年、同盟通信(現・共同通信)入社、プロ野球記者の草分け的存在だった石崎竜(りょう=1916―88年)の筆だろう。石崎は発行が見送られた『タイガース50年史』を86年に脱稿していた。

 石崎は今もある『月刊タイガース』創刊号(78年3月発行)で<大先輩たちはひたむきであった>と記した。白眼視された「職業野球」草創期から風雪に耐え抜いた先人たちをたたえている。<開拓精神に支えられた強い意志が、夢と希望をふくらませて、それが今日の繁栄に結びついていった>。

 阪神は35年12月の球団創設から85周年を迎えている。また、今年は45年8月の終戦から戦後75年の節目を迎える。「プロ野球が死んだ日」を覚えておきたい。野球にかけた先人の情熱、心意気と強い意志に敬意を払い、夢と希望を引き継いでいきたい。=敬称略=(編集委員)

 ◆内田 雅也(うちた・まさや) 1963(昭和38)年2月、和歌山市生まれ。取材ノートによると、本文に記した伊藤利清さんの妻・多慶子さんを訪ね、取材したのは2009年11月と12月。後に書籍化となった拙著『若林忠志が見た夢』(彩流社)を大量に購入していただいた。その多慶子さんも3年前の2月、永眠。後世に伝えていく使命を感じている。

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